混雑する電車の中で、私はぎゅうぎゅうと押しつぶされていた。ううん、苦しい。そうは思っても抜け出すことが出来ずに眉間に皺を寄せていれば、誰かに腕を引かれて圧迫感が消える。驚いて顔を上げれば呆れた顔の降谷さんが私を抱き抱えるようにして立っていた。
「助かりました。ありがとうございます」
「…もうちょっと自分でどうにかしようという気はないのか」
「んええ…だってどこにいてもどうせ潰されるし…」
はぁ、とため息をつく降谷さんに遠慮なく凭れかかっていれば、もう一度ため息をついた彼にびしりと額を弾かれる。背中に回った大きな手は、あの日と違って一ミリも不快感を感じない。ふわりと鼻をくすぐる爽やかな匂いにすんすんと鼻を鳴らせば、止めろとまた額を弾かれる。
「いたい」
「お前が変なことをするからだろう」
「いや降谷さんからいい匂いするから」
額を押さえながらしょうがないでしょ?と首を傾げれば降谷さんは益々呆れたような顔でため息を吐く。カーブの度に電車は大きく揺れているはずなのに、しっかり支えられた体はふらつくことも無く全く辛くない。え、すごい。
「そういえば、降谷さんこの間の図書カードで何か買いました?」
「参考書と、最近気に入ってる作家の小説を買ったな」
「なあんだ、エロ本とか買ってたら面白かったのに」
「おま…!こういうとこでそういう事を大声で言うんじゃない!」
私の言葉にぎょっと目を見開いて慌てて私の口を手で塞ぐ降谷さんにケラケラと笑う。降谷さんがこんなに慌ててるの初めて見た、面白い。別に二十歳そこそこの男の人がエロ本の一つや二つ持ってたところで不思議な話でもないでしょうに。あ、ちょっと耳赤くなってる。可愛い。
思いがけずレアな一面を見てしまいほくほく気分で降谷さんを見ていたが、ふと彼の手のひらがめちゃめちゃ唇に当たっていることに気付いてしまった。先程までなんてことなかったのに、気付いてしまった途端に何だかいたたまれない気持ちになってしまってじわりじわりと顔が熱くなる。
突然静かになった私にどうした?と首を傾げる降谷さんから勢いよく顔を逸らして下を向く。誤魔化しついでに彼の胸元に頭突きをすれば、頭上から困惑する声が聞こえてくる。うるせー。何でもないよ。今はちょっとほっといてくれよ。察してくれよ。
「降谷さんのばかやろー…」
「は?何だ急に。喧嘩なら買うぞ」
「そういうとこですよ」
はあ、と態とらしく大袈裟にため息をついた私に降谷さんが益々首を傾げる。女の子の唇に思い切り触れている事に気付いていないのか、それとも気付いていて態とやってるのか。仮に後者だとしたらとんでもない男だけど、この顔は多分前者。
こんだけ顔がいいのに、女心に疎いというか恋愛事に関心がないというか。何にせよ勿体ないよなあ…と思いながら降谷さんを見ていれば何かが気に入らなかったらしい彼から三度目のデコピンを喰らった。ちなみに三度目のデコピンが一番痛かった。バチンってすごい音したもん。