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「あれ、今日は諸伏さんだけなんですね」
「ゼロは教授に捕まってたから置いてきちゃった」
「あらら、意地悪ですね」

いつかの日の様に込み合う電車内でまたしてもぎゅうぎゅうと人に押しつぶされていれば、誰かに腕を引かれてぽすりと抱き抱えられる。慣れた香りに顔を上げれば困ったように笑った諸伏さんに支えられていてホッと肩から力が抜けた。

降谷さんに助けてもらった時と同じように遠慮なく凭れかかって話しかければ、諸伏さんはふわりと笑って返事をしてくれる。おお、諸伏さんも安定感すごい。ぐらぐらしない。あとやっぱりこの人もいい匂いするんだけど何なのかな。

「この間降谷さんにも助けてもらったんですけど」
「らしいね。ゼロから聞いたよ」
「二人ともすっごいいい匂いしますね。香水?かな」
「え、そう?俺もゼロも香水とか付けてないけど…」

私の言葉にきょとんとしてからすんすんと自分の腕に鼻を近付けた諸伏さんはうーんと首を傾げる。自分の匂いは自分じゃ分かんないですからねえ。そう言ってクスクス笑った私にそうだね、と彼もクスクス笑う。えっ…なぁにこの人…すっごい癒し…かわいい…。

「そういえば、諸伏さんは使いました?図書カード」
「うん。欲しかった小説二冊も買っちゃった」
「なぁんだ。諸伏さんも普通の本かあ」
「え、何?どういうこと?」

二人揃って健全だなあと笑いながら先日降谷さんの珍しい焦り顔を拝めた話をすれば、諸伏さんは一瞬だけきょとんとしてから困ったような顔で笑って私の額を優しくつついた。

「誰が聞いてるか分かんない所でそういう事を言うのは頂けないな」
「あ、今のお兄ちゃんみたい」
「ほんと?俺、兄さんしかいないからさ。妹欲しかったんだ」

肩を竦めて悪戯っ子のような顔でそう言った諸伏さんをお兄ちゃんと呼んでみれば、目を真ん丸にして手の甲で口元を覆いながら顔を逸らされる。ほんのり赤くなった頬を指でつついてクスクスと笑えば、じとりと睨まれた。

「お兄ちゃん、照れてる?」
「…うるさい」
「あはは!お兄ちゃん可愛いね」

大きく息を吐いて私の肩に額をぐりぐりと押し付けてくる諸伏さんにあはは、と声を上げて笑ってしまう。今ここが電車じゃなかったら思い切り頭を撫でてたかもしれない。諸伏さん可愛い。

四つも年上の男の人に可愛いなんて失礼かもしれないけれど、しょうがない。だって可愛いものは可愛いんだもの。それに、女の子は男の子のこういう所を可愛いと思ってしまう生き物なのだ。

「なんか、天野さん最初と雰囲気変わったよね」
「そうですか?」
「あ、悪い意味じゃないよ。何かこう…明るくなった?のかな」

あんな出来事があったから男の人が怖いとか、人が怖いとか、何かトラウマが出来てたらって心配してたんだと諸伏さんが優しい顔で私を見る。ああ、この人やっぱり優しい人だなあ。

確かに、そういうトラウマを抱えててもおかしくなかったし、前にも言ったように電車に乗るのすら怖くなっていたかもしれない。加えて、両親の死と親戚から向けられる負の感情に私の心はどこか遠くに行ってしまっていた感覚はあった。

それでも今こうして笑っていられるのは降谷さんと諸伏さんのお陰だ。本気で心配していることが分かるからこそ嬉しいし、私を大事にしてくれる人を大事にしたいと思うのも当然の心理だ。それに、なんと言っても二人の顔がすこぶる好み。イケメンパワーすごい。

「二人がいたから、ですよ」

私の言葉にきょとんとする諸伏さんは知らなくて当然だ。初めて遭った痴漢に不安でどうしようもなくて、頼る人もいなくて、どうしたらいいのか分からなかった時に助けてくれて、心配してくれた二人を。生まれたばかりの雛鳥が初めて見た人を親だと思い込むあれと似たようなものだろう。

「刷り込み効果、ですかねえ」
「ごめん全然分かんない」
「分かんなくていいんです。女の子はちょっと秘密があるくらいが魅力的って言いますから」

首を傾げる諸伏さんにぱちりとウインクをして笑ってみせれば、彼は数度瞬きをしてからふは、と吹き出すように笑って私の頭をふわりと撫でた。
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