(Side:雛)
「落ち着いた?」
「ぐす、ごめんなさい…もう、泣かないって言ったのに」
「俺達の見えない所で泣かれるより全然いいさ」
「大地さんんん…!」
ずびずび鼻を鳴らす私の頭を笑顔で撫でる旭さんにしょんぼりと眉を下げて謝れば、なんてこと無さそうに笑った大地さんが私の頭をぽんぽんと撫でる。先輩達の優しさにまた涙が出そうだ。
ぺたりと座り込んでいた私に、スガさんが手を差し伸べてくれるから、その手を握ればふわりと手を引いて立たせてくれる。それから再び机の中を覗き込んで首を傾げたスガさんに、私も同じく首を傾げた。
「どうしたんですか?」
「んー…いや、こん中に多分なんかあるんじゃないかなって思ってさ」
「……ここですか?」
「ほら、ゲームとかだとイベント発生イコールアイテム入手じゃん?」
ゲームだとよくあるパターンで、入手することでゲームが進むアイテムは入手する時にイベントが起こるのが定番。スガさんの怪我は、たまたま机に手を入れたのがスガさんだっただけで、私や大地さん、旭さんが負っててもおかしくなかったんじゃないか。
と言うのがスガさんの意見だった。確かに一理あるかもな、と頷いた大地さんと旭さんを交互にきょろきょろと見てからぎゅっと拳を握りしめる。そして授業で挙手をするように右手を上に挙げた。
「わたしが、やります」
「は…!?ちょ、待て待て待て!!」
「まだ中に何かがあるって決まったわけじゃないし!!」
「それに雛が怪我したらどうすんの!?」
「す、すごい止めるじゃないですか…」
お助けキャラとしての仕事を全うしようと、そう思ったのにくわっと目をかっぴらいた3人に詰め寄られて思わず足を引いてしまう。だって怪我をする可能性があるってことはもう分かってるし、だったら選手よりもマネージャーである私がやった方がいいに決まってる。
そう思っていた私の気持ちを見透かしたように大地さんがギラリと目を光らせる。静かに名前を呼ばれて自然と背筋が伸びて、ぴんと指先まで伸ばした手を足にくっ付けて気をつけの姿勢を取る。
「どうせお助けキャラだから〜とか、選手よりマネージャーが〜とか、そんなこと考えてるだろ」
「ぎくっ」
「ま〜た雛はそういう考え方して!」
「だ、だってぇ…」
「だってじゃない。いつも止めなさいって言ってるよね?」
「あ、あさひさんまでぇ…」
全くもって先輩とは恐ろしい。先程まで優しく私を宥めてくれていた先輩達はどこにもいない。徐々に背中を丸めて小さくなっていく私の肩をぽんと叩いた大地さんを恐る恐る見上げると困ったように眉を下げていて、思わずぽかんと口を開けてしまう。
「雛が俺達の事を思ってくれてるのと同じで、俺達も雛の事を思ってるよ。大事な後輩だからな」
だからこそ、痛い思いも怖い思いもして欲しくないんだよ。
そう言ってぎゅっと苦しそうな顔をした大地さんに胸が苦しくなった。でも、こればっかりは譲れなかった。お助けキャラという立ち位置も、私にしか見えなかった女の幽霊も、全てが脱出に必要なアイテムを取得する為に私が必要なんだと言われているようだったから。
「わたしが、動くことで脱出できる可能性が高くなるなら、私は止められてもやります」
「雛!!」
「私が!!わたしがそうしたいんです…!ここで、何もしなかったら絶対後悔する…!」
だからお願いします。わたしに、やらせてください。
深く、頭を下げて頼み込む。怖くない訳じゃない。痛いのは嫌だし、怖いのも嫌だ。でも、何よりも、皆からバレーを奪うことになることの方がずっと痛いし怖いし嫌だ。
「……分かった」
「大地!!」
「でも、ちょっとでも危ないと思ったらすぐに止めるからな」
苦虫を噛み潰したような顔で頷いた大地さんにスガさんが声を荒らげる。それを遮って声を上げた大地さんの真っ直ぐな目に、こくりと頷いた。大丈夫。怖くない。大丈夫。
何度も自分に言い聞かせてゆっくりと机の中に手を入れる。これで何も無かったら八つ当たりで机ひっくり返してやる、と思いながら机の中を探ればカサリと紙が擦れる音がした。
それを掴んでゆっくりと手を引き抜けば、白い紙が手の中にあった。折り畳まれた紙を開いて中を見れば子供のようなたどたどしい文字で『びじゅつしつ』と書かれていた。
「行け、ってことか…?」
「かもな」
「一旦戻ろう。続けて行くのは酷だろ」
開いた紙をもう一度折り畳んでポケットに入れる。先輩達の話を聞きながら、ふと視線を感じて視線を動かして、ざわりと胸が騒いだ。あの時と同じ、嫌な予感。
「だいち、さん」
「ん?どうした?」
「はやく、戻りましょう」
「雛?顔色悪いけど、大丈夫か?」
「へいきだから、はやく…はやくこの教室出よう…!」
きょとんと首を傾げるスガさんの腕を引いて、教室の扉へ向かう。ギィ、と嫌な音がして恐怖で唇が戦慄く。背後を確認する勇気は無かった。とにかく教室を出て、一刻も早く距離を取りたかった。
「はやく、はやく…!」
「もしかして、あの時と同じやつ?」
「雛しか見えない幽霊ってやつか」
転びそうになりながら必死に体育館を目指す私を見て、察してくれた3人はすぐに体育館へ向かう足を早めてくれた。ギィ、ギィ、と何度も聞こえる音は間違いなく教室の隅にあった掃除用具入れの扉の音。
曲がり角を曲がる時、ちらりと見えたのはゆらりと揺れる大きな影。あんな大きな体が、一体どうやって掃除用具入れに入っていたと言うんだ。ぶさけんな、と逆ギレをしながら体育館へ駆け込み扉を閉める。
「なん、なんだよぉ…ッ」
「うん。怖かったな、ごめんな。ありがとう、教えてくれて」
「だいっ、ちさぁぁん…!」
「うん。ここにいるから、大丈夫。大丈夫だからな」
ぺたりと座り込んで、ぼろぼろと溢れる涙をぐしぐしと乱暴に拭っていれば、ふんわりと抱きしめられる。ぽんぽんと背中を撫でる手に嗚咽が零れて、安心する黒いジャージに縋り付いて声を上げて泣いてしまった。