何かにずっと見られているような気がする

(Side:雛)

渡り廊下を超えて、やって来た美術室は引き戸の木の扉があって、すりガラスが付いていた。ノヤが扉の取っ手に手をかけて、勢いよく開けようとしたけれど、まるで鍵がかかっているかのように扉は開かない。

「…美術室、で合ってるよな?」
「う、うん…。拾った紙には美術室って書いてた…」
「教室が間違ってる…訳でもないよな」

教室の上には『美術室』と書かれたプラカードがぶら下がっていて、誰がどう見ても美術室はここだ。確かに拾った紙にも美術室と書かれていたし、間違えているとは思えない。少しだけ考えて、それから一つの可能性に思い当たってしまった。

「…もしかして、私…?」
「雛?」
「まさか、お助けキャラってそういう…!?」

ぽつり、と呟いた小さな声を拾った田中が首を傾げて、成田の目が驚きで見開かれる。恐る恐る木下と繋いでいた手を離して、扉の取っ手に手をかける。ばくばくと心臓の音が響いて、手が震える。

もし、この扉が開いたら。皆には開けられなくて、私には開けられるということになる。つまり、私はこれから先、何度も探索に来なきゃいけないということになる。ノイズの声の主が言っていたお助けキャラとは、そういう役割も担っているということなのかもしれない。

「の、のや…いっしょに、あけてほしい…、こわいぃ…っ、」
「おう!任せろ!」

泣きそうになりながらノヤに助けを求めれば、取っ手にかけていた私の手にノヤの手が重なる。もう片方の手は縁下がしっかり握ってくれていて、皆もそばに居てくれる。大丈夫、大丈夫。怖くない、大丈夫、できる。私ならできる。

ゆっくりと息を吸って、吐いて。ぎゅっと目を閉じてから、ゆっくりと開く。取っ手にかけていた手に力を込めて横にスライドさせれば、ガラガラと音を立てて扉が開いた。そう、開いてしまったんだ。

「あ、あいちゃったじゃんかぁぁ…!」
「開いちゃったなぁ…」

外れて欲しかったのに、見事に当たってしまった予想にぶわりと涙が溢れそうになる。講義の声を上げながら振り返れば、全員が何とも言えない顔で立っていて益々泣きそうだ。私だって!こんな予想!外れて欲しかった!!

薄暗い美術室は机と椅子と黒板、何だかよく分からない彫刻達が並んでいて、想像する美術室の通りだった。縁下とノヤに手を引かれるままずるずると美術室に入って扉を締めれば、絵の具みたいなつんと鼻を刺す匂いが広がって、思わず眉間にシワが寄る。

「…もう全部やだ」
「はいはいやだやだ」
「何か嫌な感じするか?」
「全部嫌!!」
「そうじゃなくてお化け的なやつ」
「……それはないけど」
「よし、じゃあ今のうちに何かないか探すか」

不貞腐れる私の頭を縁下がぽんぽんと撫でて、今のところ教室内には何もいないことが分かった皆が棚の中や机の下を覗き始める。それに倣うようにして、私も探してみるけれどさっきのような紙は見つからない。それどころか、嫌な気配もしない。

むしろ、それが気持ちの悪さを助長していて、ぞわりと腕に鳥肌が立つ。気配はしないし、何かがいる訳でもない。それなのに、ずっと胸がざわざわして気持ちが悪い。じわり、じわりと、得体の知れない何かが近付いてくるような。そんな感覚が、徐々に全身を包み込んでいく。

「……ちがう、」
「雛?どした?」
「なんか、気持ち悪い感じが、する…」
「気持ち悪い感じ?」

明確に気配がある訳じゃない。でも、何かがある。いる、と言った方がいいのかどうかも分からない。姿が見える訳でもないから、何がどう気持ちが悪いのかも分からない。ただ、ずっと気持ちが悪い感じがする。

強いて言うなら、見られているような感覚に近いのかもしれない。何かをされた訳ではなく、ただじっと一挙手一投足を見張られているような、そんな感覚。ぽつり、ぽつり、と全身が覚える違和感を吐き出せば全員の表情が固くなる。

「…一旦、戻った方がいいんじゃない?」
「だな。雛の顔色、すっげぇ悪いし」
「ご、ごめ…っ」
「謝るなよ。俺らの分も怖い思いしてんのは雛だろ」
「そーそー。むしろ謝るの俺らの方じゃん」
「迷惑だなんて思ってないから、大丈夫」

縁下の言葉にノヤが頷いて、私の手がぎゅっと握られる。何かが出た訳じゃない。怪我をしたり、追いかけられたりした訳でもない。ただ、私の何かが気持ち悪いという曖昧な感情で皆を振り回してしまったかもしれないと言う考えが頭をよぎった。

口をついて出てしまった謝罪の言葉を田中が遮って、私の頭をぽんと撫でる。その言葉に続くように木下が眉を下げて、成田が優しく笑って田中と同じように私の頭を撫でた。その安心感にホッと息をついた瞬間だった。

がたり、と教室の音から音が鳴る。ひゅっと息を飲んで、音のする方向に視線を送るけれど何もいない。皆に音は聞こえていないようで、私の行動に皆が首を傾げているのが横目で見えたけれど、私は音のする方向から目が離せなかった。
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