分かっていても、怖いものは怖い

(Side:雛)

分かってる。分かっているつもりだ。2人が私の為に鍵を探してくれていることは。分かっているけれど、怖いものは怖い。目の届くところにはいる。この教室の中にはいる。でも、もし。もしも私の背後からお化けが来たら?この教室にゾンビが押し寄せてきたら?

ある訳ないって、分かってる。分かっているのに、嫌なことばかり考えてしまう。何かがあったら2人はきっと私を助けようとしてくれる。でも、それで2人が怪我をしたり、傷付いたりしたら?そう思うと怖くて、どうしようもなく不安になる。

2人を信じていない訳じゃない。きっと2人は鍵を見つけてくれるし、私に大丈夫だよって笑いかけてくれる。ぐるぐると頭の中で嫌な想像を浮かんではかき消して、浮かんではかき消して、を繰り返す。震えを隠すために握りしめた手は指先が冷たくなっていて、少し寒い。

「雛?」
「ッ、も、りすけく…」
「顔真っ白じゃねーか。手も冷てぇし」
「ぁ、ぅん…ごめ、なさぃ…」
「雛?なんかあったか?」

名前を呼ばれてハッと顔を上げると衛輔くんが私の前にしゃがみ込んでいた。握りしめた手をゆっくりと解くように大きな手が私の手を包む。喉の奥がきゅうっと締まっているような感じがして、上手く声が出せない。大丈夫だよって、平気だよって、伝えたいのに声が出ない。

はく、はく、と口を開いたり閉じたりする私を見て、衛輔くんは眉間に皺を寄せた。私の様子が変だな、とちょっと気になっただけだと思う。分かってる。衛輔くんは、こんな些細なことで私を嫌いになったりしない。置いて行ったりしない。信じている、はずなのに。

「おぃ、てかな、で…ゃ、だ…」

ぽろ、っと涙が零れて呼吸が乱れる。怖い、いやだ、ひとりにしないで。上手く伝わっているのか、言葉に出せているのかなんて分からない。ただ、とにかく必死だった。縋るように手を伸ばして、衛輔くんの服を握りしめる。

「ごめんな、雛。怖かったよな。1人にしてごめんな。俺も、黒尾もちゃんと雛の側にいるから。大丈夫だから」

背中を撫でて、頭を撫でて。まるで小さな子を腕の中に抱え込むように私を抱きしめた衛輔くんがゆっくり、ゆっくり言葉を紡ぐ。耳に押し当てられた衛輔くんの胸から、規則正しく動く心臓の音が聞こえる。とくり、とくり、とくり、と聞こえてくるその音に合わせるようにして、ゆっくりと呼吸が落ち着いていくのが自分でも分かった。

「怖くて当然なんだから、我慢しなくていいんだよ。どーせ言ったら迷惑になるとか考えてただろ。このバカ」
「俺らが今更そんなので雛ちゃんを嫌いになんてなる訳ないでしょうよ。むしろ俺的には怖いって素直に言われた方が嬉しいんだけど?」

私の顔を覗き込むように黒尾さんが顔を覗かせて、ほっぺを優しく抓る。ぽろ、と再び涙が零れて、絞り出すように怖い、と呟けば2人は安心したように笑って手を握ってくれる。怖いのは変わらない。それでも、安心感から震えはぴたりと止まって、感じていた寒気も、もうどこにもいなかった。
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