後4cm

「黄瀬ー、お前最近藍川さんと仲良いよな」
「そうっスか?」
「昼休み毎日二人で食ってんじゃん」
「レポートやってるだけっスよ。俺、放課後は部活でできないから昼しかやる時間ないんスよね」

肩に腕を回してニヤニヤと笑うクラスメイトの言いたい事を理解した黄瀬は苦笑いで返事を返す。もちろん、付き合っているとかそういう事は一切なく本当にただ昼しか時間が無い、というだけだ。嘘をついている様子の見られない黄瀬に興が冷めたのかふーん、と言っていなくなったクラスメイトの後姿を見て黄瀬は小さく息を吐いた。

「これ、発表の原稿」
「っ!り、了解っス…」
「何ビビってんの」
「びっくりしただけっスよ!」
「変わんなくね」
「全然違うっスよ!」

後ろから突然声をかけられて、黄瀬の肩がビクリと上がる。面白いものを見つけたと言わんばかりに彩がニヤリと笑った為、黄瀬は必死に弁解した。

「つーか、こんなのいつ作ったんスか」
「昨日の夜」
「わざわざ作ったんスか?」
「発表中に盛大にミスしてくれた方が面白いんだけど、それで全体評価下げられたら堪んないから」
「それは、まぁ、そうっスけど…」

黄瀬の疑問に腕を組んで答える彩の言う事は最もで、確かに協力する姿勢なども評価に入っている手前、下手なミスはできない。

「まぁ、ありがとうっス」
「!」
「?何スか?」
「あ、いや、お礼言えるんだ」
「さすがに人として言えなきゃまずいっスよね」

一応、助けてもらったことには変わりない為彩にお礼を言う。すると普段ほとんど変わらない彩の表情が驚きに染まった。そんな彩の様子に黄瀬も驚きはしたものの、何にそんなに驚いているのか分からず首を傾げるとデジャヴを感じるやり取りが繰り広げられる。

「何か前にもこんなやり取りしたっスね」
「そうだね」
「…藍川さん、顔色悪くないっスか?」
「…別に、普通でしょ」

二人で思い出し笑いをしていると、ふと彩の顔がいつもより赤いことに黄瀬は気がついた。それを黄瀬が指摘すると、少し間を開けて彩が返事を返す。いつもよりテンポの悪い答え方をする彩の額に黄瀬は手を伸ばした。

「やっぱり…熱、あるじゃないっスか」
「ないから、平熱だから」
「嘘っスよね。顔、いつもより赤いっスよ」
「なに?そんなにいつも私の顔見てるの?」
「見てるっスよ」
「は、」

額触れている手に伝わる熱さが彩の体温の高さを示していて、無意識に黄瀬の眉間にシワが寄る。熱があるのにも関わらず、いつもの様に黄瀬を茶化す彩に何を思ったのか黄瀬の口をついて出た言葉に珍しく彩が間抜けな声を出した。

「いつも見てるから分かるんスよ」
「黄瀬?」
「保健室行くっスよ」
「いや、いいって」
「…はぁ、暴れんなよ」
「なっ…!わっ!」

黄瀬が俯いて小さな声で呟いた言葉が聞こえずに聞き返した彩の手首を掴んで黄瀬が保健室に連れて行こうとすると、彩がその手を振り払おうとする。そんな彩を黄瀬がふわりと横抱きにする。その瞬間クラスの女子の悲鳴が聞こえ、男子からはどよめきが起こった。

「おろしてよ!」
「病人は大人しくしてて欲しいっスね」
「はぁ!?何言っ…げほっ」
「だから言ったんスよ」

恥ずかしさから下ろせ、と黄瀬の腕の中で彩が暴れる。風邪をひいている人が急に大きな声を出せばどうなるか、なんて事はさすがに黄瀬でも分かっている。反論しようと口を開いた彩の口から出てきたのは反論の言葉ではなく、喉の痛みを伴う咳だった。黄瀬は再度ため息をついて、ぐったりとする彩を保健室へと運んだ。

2017/1/10 執筆

ALICE+