失踪



今日のハルヒちゃんも絶賛不機嫌である。昨日に引き続き今日も古泉くんが無断欠勤なため、自分が蔑ろにされている気がするのかもしれない。……古泉くんに限ってそんなことは絶対に有り得ないのに、彼女はそれを知る権利すら与えていられないのが、なんだか無性に納得がいかない気がする。特にする事も無かった為、ハルヒちゃんは今日もまた一人で先に部室を後にした。
それに続いて、一人でする事もなく本棚の本を適当に手に取りぱらぱらと捲っていたキョンくんも帰り支度を始める。キョンくんが手に持っていた本を本棚に返したところで、ワタシはこの部屋にいる皆に聞こえるよう、声を張った。

「皆、少し話があるんだけど、いいかな?」

有希ちゃんもみくるちゃんもこのまま帰ろうとしていたのか、予想外の発言に少しだけ身が固まった。

「古泉くんの事なんだけど……。本当にただの風邪なのか……って思って」

それだけ言うと、皆は何が言いたいのか分かったようで、キョンくんはまたハルヒ絡みか、といったように呆れ顔を披露する。座っていた椅子に再び腰掛けると、「それで?」と先を促してきた。その我関せず、というような態度に若干の苛立ちを感じる。だからか、少し強めの言い方になる。

「彼の場合、どんな急用で学校やこの団の活動を休むことになっても絶対に連絡を寄越すと思うの。特に、ハルヒちゃんかキョンくんには。彼の立場から考えても連絡不通によって、ハルヒちゃんの機嫌を損ねるようなことはしないじゃない?この前、ハルヒちゃんが『誰か失踪でもしないか』って、言ってた……。だから、」

ワタシが言うと、キョンくんが苦めの顔で手を左右に振った。

「待て待て、古泉の音信不通がアイツの所為だって?さすがにそれは押し付けすぎだろうがよ。あの時は不承不承ではあったが、アイツもきちんと納得してただろ。気にしすぎだよ」

……一蹴された。キョンくんはそれだけ言って、話を切り上げて荷物を持ち上げた。他の2人も同意見らしく、それ以上話をする気はないらしい。――……今回の件はあまりにも、他の人は気にしていないらしい。それとも、ワタシが古泉くんを気にかけ過ぎているのか。たった2日無断欠席なだけでワタシが騒ぎすぎだったのだろうか。幸い、ワタシは羞恥には蝕まれず、「そうかな……」とだけ言って部室を後にさせて貰った。
もう少しこの状態が続けば、皆も重要視してくるだろうと。ささやかな希望を残しながら。





ワタシが皆に一蹴されて3日後の放課後。ワタシは一週間、古泉くんが何の音沙汰もなかったらまた皆に相談しようと思っていた。今回の件、古泉くんの性格から考えても普通の音信不通とは思いにくい筈なのに、皆はそれを気にしていなさすぎる。キョンくんなんて、彼がどれほど自分のことを信頼し大切にしているかの自覚が全く見られないんだ。
理不尽にも憤りを感じながら、ワタシは部室に入った。中には皆とっくに揃っていて、やはり各々やりたいことをしている。ワタシが定位置に荷物を置いて椅子に腰掛けると、窓の外を睨んでいたハルヒちゃんがワタシの方に眼を向けてきた。

「ねぇ美月ちゃん、古泉くんは今日も休みなの?」

怒っているような拗ねたような眼で見られて、ワタシは軽く溜息を吐いた。

「うん。初日からずっと今日まで無断欠席」

ワタシがそう言うと、ハルヒちゃんは怪訝そうな目つきで低く呻った。

「おかしいわね……。学校にならともかくあたしにまで何の連絡も来てないのよ」

学校より自分の方が格上なのは流石ハルヒちゃんというものか。ワタシが半ば感心していると、キョンくんがやはり溜息と呆れ顔を併用してきた。

「おいおい、そんなおかしいことでもないだろ。いちいち連絡なんかするか?」

「乱雑なアンタとは違うのよ」

一蹴されたキョンくんは渋い顔でハルヒちゃんへの反論を考えているようだが、次の瞬間にはハルヒちゃんがとんでもない事を言い放った。

「明日は丁度土曜日だし、そうね、皆で探しに行きましょう」

……山が動いた。いや、その言い方は失礼なんだろうけど、まさかハルヒちゃんが一番に動き出すとは思っていなかったもので。そう思ったのはワタシだけではないらしく、キョンくんもみくるちゃんも有希ちゃんも各々驚いた表情をしていた。キョンくんは直ぐに呆れ顔……というか焦っているというか、複雑な表情をすると、椅子に座ったまま言った。

「一体何処を探すっていうんだ?手がかりなんて全くないんだぞ?」

その言葉にハルヒちゃんは一瞬躊躇うが、ワタシは好機とばかりに口を挟む。

「……ワタシは富士の樹海だと思う」

突拍子のないことを言い出したワタシを一同は見遣るが、特に何も言われることなく、ただ沈黙が流れた。いつもならここで更にまくし立てるが、如何せん、今はハルヒちゃんが居る。ワタシが古泉くんは樹海に居ると思った理由は言い出せない。しばらく皆は無言だったが、やはりハルヒちゃんが渋い顔で頷いた。

「……分かったわ。じゃあ明日、皆で富士の樹海に捜索に行きましょう」

しかしそこでもやはりキョンくんが口を挟んでくるわけで。クレーマーですか貴方は。

「ちょっと待てよ、一体どうやって捜索なんかするんだ?危険すぎるだろ」

「準備はワタシがする。小型のGPSを用意しておくから」

「磁石もGPSも効かないって聞くぞ?」

「それは殆どがデマ。よほどの低性能なGPSじゃないとおかしくはならないし、本当は磁石ですら少し方位が変わるだけなの」

いちいち反論してくるワタシが鬱陶しいのかキョンくんはワタシに一瞥をくれ、ようやく観念したように溜息を吐いて押し黙った。ワタシは今回のこと、実を言うとひとりでも行動していたかもしれない。その行動原理は分からないけど、ワタシはこの団では誰かが欠けていると確実に誰かの調子が狂ってしまうと思っているから。それはワタシがいなくなっても同じなのかと頭の隅で考えながら、ワタシはハルヒちゃんを見遣った。
ワタシの視線を受けたハルヒちゃんは顔を上げ、SOS団員にこう告げた。

「じゃあ、明日は皆で富士に行くわよ。勿論、電車代は一番遅かった人で」