設定:ifの設定で、大学生です。
私は京治先輩が住んでいるアパートで、料理を作っている。といってもまだ本格的には始めていない。
今日は私の好きなハンバーグを作るつもりだ。もちろん京治先輩にはいっぱい食べてほしいから大盛りだ。
京治先輩は手伝うと言ってくれたが、部活後で疲れているだろうから休んでいてくださいと言った。そして一旦部屋に戻ったが、すぐに戻ってきた。
「やっぱり、落ち着かない」
京治先輩はそういう人だ。分かっていたが、嬉しいものだ。京治先輩と一緒にご飯を作る、のんびりとした午後はいつぶりだろう。
『じゃあ一緒に作ってくれますか?』
「もちろん」
ハンバーグに添える野菜を水で洗っていると、捲っていた袖が見るからうちに落ちてきた。先程の捲りが甘かったらしい。
『あぁー、落ちちゃった』
声だけでその動きを止めることもできない。これでは袖が濡れてしまう。
「ちょっと腕上げて」
必死にどうしようか考えていると、京治先輩が私の背後に回って片方ずつ捲ってくれるようだ。
ふと感じる背中の温かさに心臓が高鳴る。京治先輩って平気でこういうことをする人なんだ。他の女の子にやったりしてないよね。
私だけだよね。
右腕が終わったら次は左腕だ。少し右気味にいた先輩が次は左側に立つ。
少し前に体を乗り出してやってくれているので、髪やら吐息やらが掠めてくすぐったい。ほぼ抱きしめるような形になっているから、余計ドキドキする。
綺麗に捲ってくれた後、私はお礼を言う。ちゃんと目を見たいと思って左の方を向く。
『ありがとうございます!これで洗え……んっ』
言葉の途中で塞がれた唇に目を見開く。突然の出来事にとっさに目を瞑ることが出来ず、呆然と立ち尽くす。唇同士が離れると、京治先輩は何事もなかったかのように通常運転に戻った。
「おいしいのよろしく」
ふんわり笑った先輩は私の動揺している姿を見て確実に面白がっている。口をパクパクさせるも声は出ない。
暫くしてようやく声が戻ってきた。
『京治先輩〜、不意打ちはずるいです!』
「ごめん、つい」
料理づくりに集中できないかもしれない。ここで仕返しをしなければ気が済まない。私ばかりドキドキしてるみたいで嫌だ。
いつにしようか。
もう少したって油断しているときがいいかな。
と悪巧みをしながら、ハンバーグ作りを始める。玉ねぎを切っていると、目がだんだん滲みてきた。ぅぅ、痛い。
『あ、痛い…。目……、玉ねぎが……痛いです…。しみるぅ…』
「大丈夫?」
心配した京治先輩が駆け寄って来た。目を両手でこする私をのぞくように見てくるため、もしやこれはチャンスなのではと思いついた。
『京治先輩…目、赤くなってませんか?』
両手を外して両目を晒す。涙目になっていることは確実だ。
「赤くな、……!」
京治先輩が近づいてきたのをいいことに、勢いをつけて京治先輩にキスをお見舞いする。いつもは遠い顔が目の前にある。唇を味わうということはせず、ただ合わせるだけのものだ。
『お返しです!!』
満足した。やられっぱなしは性分に合わない。
どうやら成功したらしい。京治先輩は固まったまま私を見ている。
「…ほんと、名前は何してくるか分からないな。完全に油断してたよ」
『ほんとですか?やった!』
作戦成功だ。嬉しくないわけがない。きっと京治先輩もドキドキしてくれたはず。
「でも相変わらず下手くそだね。ちょっとズレてた」
『えっと、それは多分、目がしょぼしょぼしてたからですよ!』
「じゃあ、治まってから、もう一回名前からしてみて」
『私から!?』
「滅多にしてくれないだろ」
『さっきしました〜』
「ちゃんと唇じゃなかったからもう一回」
言葉による攻防が始まった。結局こういう時に先に折れるのはいつだって私の方だ。京治先輩に言葉で勝った事なんて一度もない。
目を乾かして、通常の状態へ戻すことが出来た私は、京治先輩に向き直る。
『じゃあ、目、瞑ってください』
「分かった」
京治先輩はわざわざしゃがんでくれた。そうでもしないと、届かないから助かる。
心臓が再び速まる。体全体に響き渡る鼓動が、ますます緊張させる。
私からキスをすることはほとんどない。そもそも普段は届かないし、したいと思ったときは京治先輩がしてくれる。
だから私からするという慣れない行為に全身が震える。
私は小さく深呼吸して顔を徐々に近づけていく。そのまま止まることをせず、唇を重ねる。今度はばっちりだ。
緊張感をもって離れた唇から吐息が漏れる。
「もう一回していい?」
正直私も同じ気持ちでいた。このまま2人だけの密な時間を過ごしたかった。しかし、
『…ご飯食べるの遅くなっちゃいます』
「それでもいいよ。俺はもっとしたい。名前はしたくないの?」
こんな質問をされて断る理由もない。したくない、なんて思うはずがない。愛おしげに私をみる先輩が髪を梳くように優しく撫でてくれている。
『私も、いっぱいしたいです』
そう言ってすぐに、私達は再び重なった。何度も、何度も、飽きることなく。
こんなにものんびりした日々を送ることができるなんて、高校の時の私は考えなかった。
いつまでも、京治先輩と一緒の日々をおくりたい。