「なぁ、苗字、ちょっといいか?」
同じクラスの男子が、少し視線を逸らしながら私に声をかけてきた。彼は飛雄君の前の席の野球部の男の子だ。クラスメイトになってから半年が経過したが、彼との接点はあまりない。化学の実験班や調理実習で一緒になったくらいだろうか。こうして面と向かって話すことがあまりないから、少し新鮮だ。
『…?うん』
「今日、どうしても伝えたいことあるから、放課後時間作ってくんね?」
放課後と言えば部活の時間だ。別件で30分も40分も時間を割くことはできない。でも、部活前であれば少しは時間を取ることができそうだ。そもそも彼にも部活があるだろうし、お互い長く時間が取れないことはきっと分かっているはずだ。
『放課後かぁ、どれくらいかかりそう?』
「す、すぐ終わるから!5分もかかんない」
『じゃあ大丈夫!』
そんな会話がされたのはつい4時間ほど前の話だ。放課後、彼に連れられて人影の少ない裏庭に行くと、いつになく真剣な表情の彼が私に向き直り、深呼吸した後で予想だにしていない言葉を紡いだのだ。
「俺、ずっと苗字のことイイなって思ってて、それで、なんつーか、…付き合って欲しいと、思ってて」
上手く言葉にできないのか、途切れ途切れになりながら必死に気持ちを伝えられて、顔がじんわり熱くなった。こんな風に誰かに真剣に想いを伝えられたのは、これが初めてだ。悪い気はしないし、むしろ嬉しい。でも、どうしてもその気持ちに応えることはできなかった。こうして告白されている今この瞬間も、脳裏には飛雄君の顔がよぎる。
『ありがとう、すごく嬉しい。…でも、私、すごく好きな人がいて、…気持ちには応えられない、です。…ごめんなさい』
自分の中で整理がついていないはずのに自然と出てきた言葉。チームメイトだったはずの彼は、いつの間にか好きな人に変わっていた。
「あー、だよなぁ〜!なんとなくそんな気してたわ。わり、部活前の時間もらっちまって」
『ううん…。あの、嬉しかったのはほんとだから!』
「俺がなんかへんな感じにしちゃったけど、いままでどおり接してくれたら助かる」
『もちろんだよ!私からもお願いします』
いつから私の事を好きでいてくれたのかだとか、想いを伝えてくれた彼への感謝だとか聞きたいこと、伝えたいことはたくさんあるけど、これ以上話し込むのは野暮だと思い何も聞かないことにした。野球部の彼と別れ、着替えてから急いで体育館に向かうと、部員たちが既にコートの準備を行っていた。部活が開始するまでまだ少し時間がある。自分ができることを探し始めると、ふいに腕を掴まれた。
「おい、…クラスの奴とどこ行ってた」
少し不安さを帯びた声の主は、先ほどネットの準備をしていた飛雄君だった。声の割にはすごく怖い顔をしている。
『ちょっと、…裏庭に行っておりました』
やましいことなんて何もないのに、悪いことをした気分になるのはなぜだろう。みんなの目もあるし、やめてほしい…。
「何してた」
黙秘権は行使できそうにない。有無を言わせないその言い方に怯んでしまいそうになる。飛雄君のその圧倒的な雰囲気に、いつもなら助けてくれる先輩方も口を出せないようだ。
『…告白、されておりました』
ここで嘘を言うほど私の肝は据わっていない。少し小声で正直に話すと、飛雄君が固まった。
「……」
無言が一番怖い…。その表情は、俺らは全国を必死に目指しているのに、まさかお前は恋にうつつを抜かすのかたわけ者、と言われている気分だ。実際はそこまで深く考えていないのかもしれないが。
『こ、断ったよ…』
その雰囲気に耐え切れず、聞かれてもいないことを口走ってしまった。
「…ならいい」
どうやら私の返答はあっていたようだ。やはりさっきの表情は浮かれるなよという注意喚起か。一瞬安堵していると、ガッと頬を掴まれた。
「…簡単に捕まんなよ」
『???』
言葉の意図がよく分からない。でも、少し不安そうな顔をしている。そんな表情してほしいわけじゃないのに。
『大丈夫、私の今の恋人はバレーだから』
100点の回答なんて分からない。でも、一瞬固まった飛雄君が、すぐに少し口角をあげたのを見逃さなかった。これからもバレーに携わる限りは真剣に向き合っていきたい。そういう意味で恋人という表現はあながち間違いではないだろう。でも、いつか、いつか、…飛雄君とそうなりたいと言ったら驚くだろうか。まだ、想いを伝えるつもりはないけど、それまで飛雄君が誰にもとられませんようにと願うのだった。
(他の奴にとられるのが死ぬほど嫌だと思った。
名前は俺の知らない感情を呼び覚ます厄介な奴だ)
カンナギ様 リクエスト
影山 別の男子に告白されるところを見て嫉妬