「_____で、二回戦のスターティングは……一回戦と同じで行く」
烏養コーチが言った瞬間の菅原先輩の表情を見逃さなかった。偶然目に入ったのだ。
その時の菅原先輩は…、決して諦めていなかった。まだ信念が目に宿っていて、何故か私は安心したのだ。当の菅原先輩はきっと辛いのだろう。三年生でただ一人、試合には出ていない。出たい、コートに立ちたいと言う心の声は私の胸を貫いた。
今までの経験があるからこそ、仲間との信頼を積み重ねてきたからこそ同じコートに立ちたいと、そう願う。
「次の試合は一時半からだ。体冷やすなよ。それまでに軽く飯食っとけ腹いっぱいにはすんなよ」
「うっす!」
一時解散して次の試合へと備える。部員のみんながこうしてミーティングをしている間に、私と潔子先輩は、あらかじめ頼んでおいた弁当を調達しに行った。
無事お弁当を調達したその後、私はいてもたってもいられなくて、菅原先輩の元へ駆け寄った。
『菅原先輩〜』
「おっ、どうした苗字?」
『少しお話いいですか…?』
「うん、いいよ」
なんでこんな事を咄嗟にしてしまったのだろう。まだ何も言うことを考えていないのに、ここで私は余計なお節介しか言えないのに。上からものを言ってしまうかもしれない。要らない一言で菅原先輩を傷つけてしまうかもしれない。私では役不足なのは分かっている。ほんとに欲しいのは今まで一緒にコートに立ち続けている仲間からの言葉だということも、全部分かってる。でも、この前みたいに言わずにはいられない。
そう、うじゃうじゃ考えながら、菅原先輩と一緒に近くのベンチに向かう。歩いている間も心臓が張り裂けそうなのには変わりない。私たちが立ち止まるのと同時に、菅原先輩は全てを悟ったような表情で私の頭を撫ではじめた。
『菅原せんぱっ……』
「ごめん、また気を遣わせちゃったか?」
何も言わずとも彼は全てを知っていた。私がさっきのことで何かを言い出すことも、全部、全部。見透かされてたってことだ。
『…いえ、そんなことはありません』
「まだ試合に出る機会はあると思ってるし、ちゃんと諦めてない。苗字が気にするような事じゃないから」
彼は人が良すぎる。この性格でどれだけ自分を押し殺して、どれだけ苦しんだろう。もっともっと貪欲になってもいいところを笑顔で乗り越える。それが菅原先輩のいいところなのかもしれない。やっぱり私は、先輩のことを好きにしかなれない。先輩はとっても強い人だ。
『試合前の大切な時間をいただいてしまってごめんなさい!』
「俺の方こそ、情けなくてごめんな」
『情けなくなんかないです!菅原先輩のバレーとっても好きです…。大好きです!』
誠実で現実味のあるバレー。才能のある人のバレーとは違う、と言っても才能がないわけではない。セッターという司令塔的なポジションは、菅原先輩にピッタリだと思う。寧ろそのポジションが身長的にも、精神的な強さにも合っている。
『何度も同じこと言ってるんですけど、今の私の言葉では全てを伝えきれないくらいに、菅原先輩のバレーが好きなんです…』
自分の両拳をギュッと握って必死に気持ちを伝える。今伝えなかったら今後、機会がないような気がした。
「…そこまで言われるとなんか妙な自信がついてくるな」
スッと心が変わったような笑みに心がいい意味で締め付けられた。やっぱり、チームにはこの人の下からの支えが必要だ。皆の精神的支柱、それは紛れもない菅原先輩なのだ。
『皆には先輩の支えが必要です…!』
「あと、なんか照れくさい…」
『……え?』
「いや、なんでもない!…いつもありがとな」
頬を人差し指で掻きながら、照れ臭そうに視線を外に向けている。その目は全てを包み込めるほど優しくて、心臓を鷲掴みにされたような感覚に陥った。
『私の言葉を喜んでくれるなら何度でも言います!だから…、私にも頼ってください』
私なんかが、頼りになるかは分かりませんけど…、と付け足すように言うと、
「もう十分頼りにしてる」
真っ直ぐなその目が私にさえも希望を与えてくれた。
『あ、ありがとうございます』
予想もしていなかった返答にドギマギしながら何とか答えた。菅原先輩は素直に思ったことを突拍子もなく口に出すから心臓に悪い。
今日は私の心臓が忙しなく動く日だった。