前だけを向くんだ



あれから随分時も経ち、ようやく目を逸らさずちゃんと2人を見ることができるようになった。これは嘘偽りない本心だ。前のような醜い感情が嘘のようになくなった。

それどころか、二人が理想のカップルだとも思えるようになってきた。丁度いい距離感を保って接している二人がなんだか眩しく見えた。こう思えるようになったのも、私が前を見ている何よりの証拠。

最近は心が軽い。私には歌がある。毎日のように歌って、笑えている。毎日がとても楽しい。

そんな時だった。

また赤葦君と2人きりになるような状況が生み出されてしまった。場所は使われていない講義室。


「俺と瑠璃奈を見ても何も思わない?」

それはどういう意図の質問なのだろう。前までは嫉妬交じりの感情で見たくないという思いが強かったが、今は2人が幸せならいいと思えるようになってきた。だけど赤葦君はちっとも幸せそうに見えない。

『幸せになって欲しいなって思うよ!お似合いだもん』

美男美女とは彼らのためにある言葉だと思った。それだけお似合いだった。適度に身長差があって、一般学生に混じっていると2人が映えている。

私が隣にいては見ることができなかった光景。

これで良かったのだと今は本気で祝福したい。私は過去の恋に溺れていた時期とは違う。

『お幸せにね』

強い意志をもって祝福の賛美を送ると、喜びではなく不満を描くように唇の端が下がった。私なんかに祝福されるのは嬉しくなかったんだろうか。

これ以上何かを言って機嫌を損ねたくなくて、この場から離れることにした。そもそもこうして2人きりで話すこと自体に罪悪感があるいうのに。

『彼女さんに悪いからもう行くね』

「………彼女、彼女って、そこに名前の意志はないの?」

『これも私の意志でもあり、けじめでもあるの。やっと、2人のこと心から祝福出来るようになって、前に進める…。』

私がしたいと思ったから、しただけの話だ。ずっとずっと赤葦君には安心してもらいたかった。いつまでも赤葦君への恋を引きずる私なんて見たくなかったと思ったから。


『これを機に新しい恋を始めるよ。こんな気持ちになれたのも全部赤葦君のお陰だよ。ありがとう。じゃあね』

赤葦君、私は前に進めるよ。貴方に恋して、貴方に失恋して。一回り大きくなれたよ。精神的に成長できたのは間違いなく貴方に恋をしたからだ。大げさな言い方かもしれないけど、これが私の出発点だ。

「…………。」

赤葦君は、ちょっと不満そうな顔で何も言わずにその場に呆然と立ち尽くしていた。私は、てっきり何か話しかけられるとばかり思っていた。なんの自惚れだよ。赤葦君は私なんか見てないって確認したじゃん。

どうも彼は、私に祝福されるのは嬉しくないらしい。そんなに嫌われる事したかなぁ……。特に好かれるような事をした覚えはないが、特別嫌われるような事をした覚えもない。苗字で呼んだことが相当嫌だったんだろうか。その点に関しては、こちらにも事情があるので察して欲しいところだ。

私には最近の赤葦君が分からない。

2人が好きあっているならそれでいいじゃないか。それなのになんであんなに辛そうな顔をするんだろう。それが不思議でたまらない。私なんかに構っている暇があったら、少しでも彼女と一緒にいてほしい。

2人の間に私が介入する隙なんてないと分かっている。今はそれでいいって思えるようになった。それだけで大きな進歩だ。


もう逃げない。目を逸らさない。現実でちゃんと生きていく。
蓼丸先輩やサークルの皆が歌の楽しさを教えてくれた。

当分はこの歌だけで生きていけそうだ。

喉を嗄らして自分の想いを乗せて歌う。それが今の自分にぴったりだった。

うじうじしていた弱虫な私とはもうさよならだ。

私は空に広がる青を見上げて大きく深呼吸した。そして小さいけど、大きな一歩を踏み出した。