サークルは悩みに悩んだ末、入らないことを選択した。結局選ぶことができなかった。今は勉強に集中しようと思って、何にも所属しないことに決めた。
しかし後に入るとしたら、音楽系のサークルがいいと考えている。
実は歌う事が好きな私は、普段は暇さえあれば鼻歌や口ずさんでいる。ただ、ツテがあるわけじゃないから、一からの人間関係の構築になる。そこだけが少し不安だった。
「あ、それ、この前のシングルでしょ」
『………!』
歩いている途中、何気なしに鼻歌を歌っていると突然話しかけられ、思わずむせそうになった。まさか話しかけられると思っていなかったので、何も構えていなかった。
「ごめんごめん。急で驚いた?つい声かけちゃった。俺教育学部2年の蓼丸煌」
新手のナンパかと思って身を構えたが、そういう雰囲気ではなさそうだ。話しかけてくれた人は、どうやら同じ大学の先輩らしい。
『…いえ。…好きなんですか、プラグマ?』
「うん、めっちゃ好き!今度のライブで歌うんだ」
『ライブ?』
「うん、体育館でミニライブやるんだけど。そうだ、今度見に来てよ!」
ニコニコ人懐こい笑みを見て、誘ってくれた。こんな素敵な人のライブとはいったいどういうものなんだろうか。予定がなければ是非行きたいと思った。
『いつですか?』
「今週の日曜なんだけど、…来れる?」
『はい、是非、行きたいです』
「やりぃ!あ、君の名前聞いてなかった」
『人文学部一年の苗字名前です』
「名前ちゃん、オッケー。じゃあ、また日曜日に!」
そう言って笑顔で駆けて行った。終始良く笑う人だと思った。下手なサークル勧誘じゃないし、行っても大丈夫だと判断した私は、先ほどの一連の出来事にふわふわした気持ちを抱いていた。初対面の人にあんなに違和感なく話しかけることができるなんて、一種の才能だ。
さて、余韻に浸るのもいいけど、今から昼食を食べなければ次の講義に間に合わない。そう言えば蓼丸先輩に話しかけられていなかったら今頃ご飯にありついている。いや、蓼丸先輩が悪いのではなくて、あくまでも事実だ。人間、睡眠欲と食欲には勝てないものだ。
ご飯を食べるべく食堂に向かうと、さすが昼食の時間帯なだけあって、非常に混み合っている。席を探して彷徨っている人がうようよいる。日替わりメニューを注文し、いざ席を探すとなっても、中々席が空かない。もし空いたとしても誰かに取られてしまう。
いっそ立ったまま食べようかと思っていると、助け舟が…。
「名前、ここ座る?」
それはすでにラーメン定食の半分くらいを食べ終えた京治君だった。2人用の席に1人で座っている。どうやら一人で昼食を取っていたようだ。
『おー、京治君!いいの?』
「いいよ、誰も座ってないし」
彼は静かにラーメンをすすっていた。見るからして醤油ラーメンだ。あっさり系が好きなのだろうか。さすがに高校の時にラーメンを食べているところを見たことがないので、新鮮さがある。
『この後は講義?』
「うん。大学英語」
『おぉ、一緒!』
今まで講義で会ったことはないので講義室は違うはずだ。しかし同じ講義を受けているというだけで嬉しくなってくる。自分はどこまで単純な人間なのか。
「そういえば、結局サークルは決まったの?」
『ううん、今は勉強頑張ろうかなーって』
「名前らしいね」
『京治君はバレーどう?』
「キツいけど楽しいよ」
『それなら良かった』
今の京治君が幸せならそれでいい。
…ずっとその幸せを近くで見る事ができないのは悲しい。でも、こうしてお互い気を遣うことなく話せてること自体奇跡に等しい。それに奇跡的に同じ大学だったから、前みたいな関係でいられる。私は小さな幸せを噛み締めた。
恋人になれなくてもいい。また、こうして前みたいに話すことができるだけで幸せなのだ。
『そういえば、今週体育館でバンドの人たちがミニライブ開くみたいなんだけど、日曜行くことになってね』
「へぇ」
『ちょっと楽しみなんだ〜』
慣れない大学生活に不安を抱きながらも、代わり映えのない毎日を送っている。まさか、そのバンドの公演が今後の私の生活を大きく変えるとは知らず。