想い眠り
満天とはいかないが、見惚れるような星空。
行灯の灯るうす暗い部屋で寄り添う二人の影。
「名前」
「……は、はい」
耳元で囁かれる、逞しくて、落ち着く低音の声。背が高い彼の、高い位置にある目を見ると優しげに細くなっていた。
先ほど何度もキスを交わしたのに、また唇を奪われる。頭の中はずっと、元親さんでいっぱいだった。
「元親さん、恥ずかし…です」
「恥ずかしい…?苦しいだけじゃねぇのか?」
「…………わ、分かりません」
口付けだけで何度も昇りつめさせられたあの感覚は、普通なら快楽と呼ぶのだろう。けれど、今の元親さんには、それを口に出して認めることはできない。何度もした口付けに、唇はすっかり乾燥している。けれども、それを不快だとは思わなかった。
「…それより"綺麗にする"というのは、一体どうするおつもりなんですか?」
「それは後のちのお楽しみだぜ」
元親さんの人の悪い笑みが不安を煽る。これは、何かを企んでいるような顔だ。同時に私の顔が引き攣る。私を"綺麗にする"とはどういう意味なのか。
貴方は「お前は化粧なんてしなくていい」なんて言いながら、切れ長でハッキリとした目を更に尖らせて笑う。そして、私の目頭から目尻にかけて弧を描く様に優しく指でなぞるのでしょう。その行為になんの意味があるのか分からないけど――いえ、意味なんてないんでしょうね。
思いに更けていると、何気なしに彼の暖かい右手が柔らかく頬撫でる。
「私を綺麗にすることが、元親さんには楽しいのですか?」
「楽しいに決まってんだろ。お前はもっと綺麗になれる素質を持ってるんだ。俺はそうなったお前が見てみたいし、俺の手でそうしてやりたいと思ってる。」
それでも彼は今のままでも十分綺麗だと言うのだ。元親さんの言っている事に矛盾があるようで、意味がよく分からない。元親さんが言うことなのだからそれは悪いことではなくて、きっといい事なのだろう。でも、一体それがどんな事なのか分からないうちは、心配でしかない。
「……お前には迷惑なだけかもしれねぇけどな」
元親さんが困ったように笑うので、胸がキュッと痛くなる。
彼がこんなにも面と向かって真っ直ぐ話してくれたのは久しぶりだ。いつもは彼が武将としての職務を全うしているので、こんなゆったりとした時間を共に過ごすことさえ珍しいことなのだ。
大好きな元親さんが私を綺麗にすると言ってくれてるんだ、後は身を任せよう。
____いずれ誰かと婚約を結び、跡継ぎを生むのだとは思っていた。そして、その相手が好きな人だったらいい、程度の夢想はしたことがある。出会いは唐突であったが、まさか、異国の海賊を……それも武将の男を好きになるなんて、あまりに突飛だとしか思えなかった。そして、こんなにも愛しく思ってしまうなんて。こんな未来を誰が予測しただろうか。
「そんなにまじまじと見るな。――いい、今のは忘れとけ」
何をしたらいいのか分からずに、ボーッと彼を見つめる私を見て、元親さんは呆れたようにため息をついた。それと反比例するように彼の頬は赤く染まっている。今のは一生忘れられるわけがないです。
「いえ、いつまでも覚えています。」
「っは、こりゃ参ったなぁ」
高笑いをしながら切れ長の細い片目は私を捉えている。何故か、その瞳を見ていたら急に眠気が襲ってきた。きっと彼と一緒にいることが落ち着くからだ。彼との時間は安らぎを与えてくれる。
「元親さん、私眠くなってきました…。」
「…そろそろ寝るか。」
薄暗い行灯のある部屋で、寝巻きのまま一緒の布団に潜り込む。後ろから抱き締められ、最初は緊張して縮こまっていたが、元親さんの腕枕は驚くほど心地よかった。
途端に体が硬直する。元親さんはわかっていたのか、解すように指先であたしの手の甲を撫でた。触れ合っているところが熱くなる。絡めた指は更に力を込められ、後頭部に回された手もその指に髪を絡めてくる。
温かい布で清められたせいもあり、私はすぐに眠りの淵に誘われてしまう。膝を抱えて前に組んだ手をお互いにきつく絡ませることで眠気を飛ばそうとする。けど、それはほぼ無駄な足掻きだった。
ギリギリの感覚を保ちながら感じるのは、額や目の縁に落とされる口づけや、背を撫でるはひたすら優しい大きな手。何時もとは違った温もりで心がほぐされるのを感じた。
「元親さん、右手を出してください」
「なんだ?」
眠気のせいで、私の声が掠れている。
元親さんは私を撫でていた右手を私の前に持ってきた。その大きくて勇ましい、戦の証である手と私の小さく頼りない左手を重ねる。こうやって見ると男と女の差など一目瞭然である。
「こうやってシワとシワを合わせたら『しあわせ』って呼ぶんです。……私、今とても幸せです」
大きさの違う二人の手は上手くシワを合わせるのが難しいけど、ようは気持ちの問題だ。これは、今の私の気持ちを伝えるに一番の方法だ。
「……俺も……しあわせだぜ」
待ち望んだその言葉を聞いて、くしゃりと顔を歪ませながら嬉しそうに笑った。ふっと、温かみのある重さが詰め寄ってきて離れた片手に指をからめた。
いいかげんに耐えきれないほど重くなっていた瞼を閉じて、安らかなまどろみに沈んだ。
今を貴方と思いきり楽しんで、思い出をたくさん作って。
過去も未来も貴方の側にいるでしょう。きっと将来の私は幸せです。