何度でも乞う
時刻は8時40分。
待ち合わせ時間までには少しあるけれど、遅れて行くのは私の性に合わない。それに待たれるより、待たされる方が良い。
「いきなり"9時に俺の家に来い"って何様のつもりなの。私たちまだ喧嘩中なのに…」
少し唇を尖らせて、小声で文句を言う。
発端は先週のこと。お気に入りだったお花のブローチをカミュに壊された。
わざと壊したんじゃないってことくらいもちろん分かっている。鞄に付けたまま、机の横に引っかけていた私だって悪いと言えば悪いから。
だけど壊しても謝らないで、見下すような顔で"新しいのを買ってやる"って。
粉々に割れたブローチはもう使えない。そのお花のブローチは昔、転校した大親友から貰った物だったから、何にも変えられない大切なもので。カミュにとっては小さいアクセサリーにしか過ぎないと思うけど。
…結局渋々とカミュの家に来たわけだけど、大きすぎて屋敷の端が見えなかった。久しぶりに来たけど、屋敷の外面の輝きは更に増してみえた。ただでさえ手入れが大変であろうに。
取り敢えず、さっさと家にお邪魔して早く帰ろう。そんな考えの私は、早速カミュの部屋に向かった。ドアをノックして返事を待たず入る。
一瞬で広がるカミュの香りが鼻を擽る。
「来たか。」
「うん……。」
カミュはなんともキレッキレな服装で椅子に座っていた。私も広い部屋の端の椅子に座る。カミュとの距離はまずまず遠い。
あぁ、どうしよう。何しよう。何を話せばいいんだろう。あろうことか、仲直りのために俺の家に来いって無理矢理誘ったくせに、今日は彼も珍しく歯切れが悪い。私がまだかなり怒っていると思ってるのかな。そりゃちょっとは怒ってるけど、そんなに面倒くさい女じゃない。
「おい、名前……」
「…なに?」
長い沈黙の末、先に口を開いたカミュが私の元へ歩いてきた。体が硬直する。
「…悪かった。」
素直に謝ってきた彼の言葉よりも、差し出された手の方がもっと気になった。カミュの掌の上には、小さな袋が乗っている。
「これは…何?」
「良いから受け取れ。これで……本当に仲直りだ」
戸惑っているアタシの手の中に、押し付けるように袋を落としていく。カミュの顔と袋を交互に眺めながら、怖々と袋の中身を確認する。
「……これって!」
掌の上にコロンと転がり出てきた物と、ヒラリと落ちた紙を見て、私は慌てて顔を上げた。だって、これ……どうして?
「お前の親友とやらにもう一度貰ってきた。」
あぁ、もうなんだか分からない。この人に出来ないことはあるのだろうか。手紙の字と名前を見る限り、これは間違いなく親友のもので。
「あり、……がとう」
ブレスレットをギュっと握りしめ、涙を流す。
「…フン、これ以上お前にウジウジされては溜まったものではないからな」
不器用なカミュなりの優しさが私の心にしっかりと届いた。私の胸元では、綺麗なブローチが嬉しそうに輝いている。