好きにならなければ良かった
指輪をなくした。
それがそもそもの喧嘩の原因だった。
縁日でお揃いにしようと言って名前が買ってくれた指輪。指に付けるのには邪魔だと思い、結局はネックレスにした。それでも名前は満足したようだった。
俺は名前の事を何も分かっちゃいなかった。どれだけ俺のことを想ってくれていたのかも、どれだけ真っ直ぐ生きていたかも。
何もかも、今となっちゃ小さい子供の書いた落書きのようにクシャクシャになっている。
指輪をなくしたことを素直に言うと、名前は激怒して泣きながら家を飛び出した。ったく女はめんどくせぇ。その時ばかりはそんな事を思っていた。俺は追うこともせず、心がモヤモヤしたままその場に居座った。とても居心地が悪かった。
彼女の両親から電話がかかってきたのは、丁度次の日だった。震えた声で突然の悲報。内容は、彼女が交通事故で亡くなったと言うもので。
何もなかったはずの小指にすっと抜け落ちる指輪の感覚。何度見ても指輪は存在しない。
でもひやりと慣れない場所に触れる冷たさも、未だにはっきりと覚えている。指輪は夜闇の中、淀んだ心にあっという間に飲み込まれていって、もう陰も形もない。
軽くなった小指がなんだかスースーする。
するりと去っていく感覚がいつまでも生々しく残っているのに、その瞬間でさえも感じているのに、俺にはどうにもできない。拳を握っても掴めるのものなどない。
あの時、俺が追いかけていたらこうなることもなかった?なんで、あんなにも彼女に冷たくしてしまったのだろうか。途轍もない虚無感にヤケに心臓がズキズキする。名前が、隣に居ないとこんな感じなんだな…。俺は泣くことも出来なかった。
葬式の日、全ての日程が終了してから名前の両親からある物を貰った。それは名前が毎日つけていた日記だった。
○月○日
今日、私は1歳年をとりました。もうちょっとで大人の仲間入りです。
日記の始まりはありふれた日常の一コマ。
_____綺麗な星空。流れ星が流れた。凛と一緒に見れたら良かったのに。
_____四月だから桜の花びらがたくさん舞っている。今度、凛をお花見に誘ってみよう。料理の腕が上がった私のお弁当を食べてもらいたいな。
1ページごとには必ず俺の名前が思い出と共に記されている。もう何十回も、何百回もこの日記の内容を見た。きっとこの日記を見ずとも俺は内容を言えるだろう。
「ちくしょうっ……」
自然と目から涙が溢れる。ポタポタと手紙に落ちていき、字が滲んで読めなくなっていく。
「ちくしょう……ちくしょうっ……!!」
こんな思いをするなら、名前を好きにならなかったら良かった。それができたら、俺は…、俺は名前を苦しめることもなかったのにな。