離したりしない


正直、今でも夢なんじゃないかって思ってしまうほどにあり得ない話。

それは名前さんと僕が付き合っている事。それに、付き合うには勿体無いほど良い彼女。

なんと言っても彼女はみんなの人気者だから。男性の方なんてよりどりみどりだ。それに比べて僕はというと、女の子に告白されたことなんて一度もない平凡な人間。取り柄がないかと聞かれれば一応はある。

でも、どんなに彼女と僕が釣り合わなかったとしても、僕は彼女を愛してるから。彼女は迷惑かもしれないけど、絶対に手放したくないから。これは僕なりの決心。

……だから別れたりしない。彼女に自ら別れを、告げられるまでは。

「私ね、留学しようと思ってるんだ。明日、アメリカに出発するよ」

そんな言葉が彼女の口から出た。あまりに唐突すぎて僕の頭がついていかない。

「明日、ですか……?」

ひどく掠れた声でそれだけ言った。そうだ…、彼女は前から留学生したいと言っていた。言いたいことはたくさんあるはずなのに、まったく言葉に言い表せなかった。

「夢を最後まで追いかけてみようと思うの。やっぱり途中で諦めるの嫌だし、やれるところまでやってみたい」

……ああ、そうだった。彼女はこういう人間だ。人一倍努力家で優しくて、真っ直ぐな瞳をしている人だった。


「そうですか……。頑張ってきてください」

もしかしたら今の僕の顔は、とても辛そうに見えたかもしれない。名前さんが決めたという道なら僕は止めたりしない。

「怒って……る?」

名前さんの瞳に不安が浮かんでいるのが分かる。悲しい事だけど、決して怒っていない。

「怒ってないです。夢、絶対に叶えて来てください。」
「……うん!ありがとう。」

「僕は、何にでも一生懸命な君が。曲がったことが大嫌いな君が。優しくて実は涙もろい君が。少し素直じゃない君が」

僕は彼女の潤んだ目を見た。
そして続ける。

「君のすべてが大好きです。君のいいところも悪いところも、全部君だから…好きになれた。」
「テツヤ君、私も大好き。本当はね…、テツヤ君ともっとずっと一緒にいたかったから…。」

この流れは…、別れ話だろうか。名前さんの体は小刻みに震えだし、今にも大粒の涙が降ってきそうだ。

「離れたく………ないよ。」

予想もしていなかった言葉に唾を呑み込んだ。不安を抱えているのは僕よりも彼女の方だったんだ。そんな今の彼女を支えるのは…、僕しかいない。

「今夜だけは…」

名前さんの腰に手を回してグッと引き寄せる。

「離してと言われても、もう離してあげません。」

今夜、一晩中僕の全ての想いを届けよう。

「やっぱり僕には君以外あり得ません。もう一生、離したくないくらいに好きです。大好きです」

僕は更に彼女をキツく抱きしめた。
最初は行き場をなくしていた手は、今はしっかりと僕の背中にある。