少しの勇気が欲しいだけ


「降旗君〜!」

声につられて後ろを振り向くと、ポニーテールを揺らしながら手を振り、こちらに走ってくる少女が居た。白いワンポイントのTシャツを肩までまくり、学校カラーの半ズボンは心なしか大きい。

相変わらずニコニコしている少女だ。まるで飼い主の所へ元気良く走る子犬のよう。ポニーテールはまさにしっぽか……。何処ぞの黄色い世代を思い出させるなぁ。

「名前ちゃん、どうしたの?」
「今日のメニュー聞いた?」
「あぁ……えっとフットワーク中心の練習だったよね。」

うん!と嬉しそうに笑うこの少女は、バスケ部のマネージャーだ。

「なんだー、知ってたのか。情報が早い!」

うんうんと自分の中で頷きながら何かを納得している様子。

本当に良い子だ。しっかりしてて、みんなのこと考えてて、元気で、色白で、可愛くて……いけない、いけない。そんなこと本人の目の前で考えては駄目だ。彼女は同級生であって、バスケ部のマネージャーで、俺は男子バスケット部の部員なんだぞ。

ふるふると頭を振って気持ちを切り替える。心の中で葛藤している間も、そんな名前は元気だった。すると彼女が思い出したように

「あぁ!そう言えば今日はボールの片付けをしなきゃいけないんじゃなかった?」
「げ、そう言えばそうだった…。」

昨日行った練習試合から帰ってきた後、まだ持って行ったボールを片付けていないんだった。よくぞ思い出してくれた!

「行こう!」

名前ちゃんは威勢良く言った後、俺の腕は掴まれた。俺よりも背が小さい先名前ちゃんに合わせると掴まれた腕が痛く、腰が変な形で曲がったままになってしまいキツかった。

「あ、あの……名前ちゃん、痛いよ。分かったから引っ張らないで……」
「降旗君、女の子に引っ張られるようじゃダメだよ〜。…なーんてね。ごめんね、痛くして。」
「うん、だ、大丈夫だよ。」

良かった!と、まんまるい目が見つめてくる。腕は掴まれたまま。
そんな表情はヤメてほしい。心臓が跳び跳ねてしまう。

名前ちゃんは……俺をどう思っているのだろう?そんな、"弟"を叱るみたいにしないでほしい。俺だって、こんな俺だって一応"男"なんだよ?背は女の子よりあるし、ガタイだって火神ほどじゃないけどそんなに悪くない。本当はその細い腕を振り払うくらい何でもないんだ。

でも、俺はここに居るのに。こんなに近くに居るのに、名前ちゃんが遠いん。

「降旗君は強い男の子だもんね!これくらいでへこたれないよ!」

俺の全てを見透かされたような瞳にドキリと胸が上がった。
この瞬間、今までのことも含めてこの存在全てが好きだと思った。

「……名前……ちゃん。」
「え?」

「名前ちゃん!」

がっしりと、前を向いた名前ちゃんの細い腕を掴む。名前ちゃんは驚いた様子を見せたが、今度は俺が離さない。今日だけは、俺から触れても許して。

「降旗、君……?」

息を吸い込む。大丈夫、空気があれば声になるのだから。あとは全部俺次第。

「俺さ、人に上手く気持ち伝えるのって本当に苦手で……。そんなつもり無いのに、本当は嬉しいのに照れ臭くて出せないこと多くて。でもっ、今だけは言える気がするんだ。……聞いて、くれる?」
「……うん」
 
小さく返事をしてくれた。名前ちゃんの良い所、悪い所全部ひっくるめて好きなんだ。でも、だからこそ真っ直ぐに伝えたい。


「…お、俺、ずっと名前ちゃんが好きだったっ!!」
「……降旗君。ありがとね…。私も、…好きだよ。」

それだけでいい。短い言葉だけど君が柔らかく笑ってくれたから。
もう、言わなくたって大丈夫だよ。遠くなんかない。こんなに近くに君は居るから。

俺は君を待たない。待つつもりも、追うつもりもないよ。俺が君を引っ張っていくんだ。ぎゅっと固く握ったこの手は離さない。

これからもずっと。