美しい鱗粉の媚薬


…― 幼虫から育てた蛹が最近羽化した。

はじめは色々な柵に包まれて窮屈そうにしていたけれど、
その柵から抜け出した時には見たこともない程美しい羽を広げて見せた。
私の目には酷く眩しく映ったのだ。

コツコツと不規則で、控えめに聞こえてくる足音。

近づく足音に高鳴る心音を抑えながら、本を捲るページは止めずに足音の行方を追っていた。その足音は私の部屋の前で足を止めた。

「あの…紅明様」

声がかかった瞬間に私は身を竦ませ、反射的に本を閉じる。無理矢理現実へ戻されたことへの気持ちと同時に、物語に漂っていた緊張とは別の緊張が走る。

跳ね上がった鼓動を聞きながら、元々正されていた姿勢を余計にピンと伸ばし、次第に視線を上げていく。

ふんわりとした髪、まるいあご先、ふっくらとしたピンクの唇、特徴のない鼻とパッチリ開かれた二重瞼の眼。

私は見惚れた者の漫画的表現のように、彼女の瞳をまっすぐ見つめ慌てて逸らす。


「何ですか?」
「何をお読みになられているのかな、と思いまして…」

彼女は平積みした本の背表紙を覗きこむ。私も同時に覗きこんだ。

「自分でもよく分からないですが、なんとなく一通り目を通しているだけです」

私の机には新書3冊と文庫本2冊がある。机の上に何冊か本を積むのが習慣だった。それは知的能力をつけるだめでもあり、ただ単純に私が読書が好きだという理由でもある。

「本当に言いたいことはそんなことではないでしょう?」

彼女はいつも控えめだ。駒鳥のような華奢な声も私の耳にはちゃんと届いている。私が彼女の声を聞き逃すわけがないだろう。

「やはり紅明様に嘘はつけませんね…。」

うつむきながら照れたように笑う彼女の頭を撫でてやりたい衝動に襲われた。なんと奥ゆかしいことだろうか。彼女に触れたい。触れてこの手に収めたい。

「私には構わなくても良いので、ご一緒してもよろしいでしょうか」

少しでもお側にいたいのです、と言われた時には時すでに遅く。彼女の手を引き寄せて包み込むように抱きしめた。

「いくらでも、側にいていただいても構いません。」

…―― 蝶は日に日に美しく、元気になっていった。
そしてその美しい羽から舞った美しい鱗粉は媚薬を思わせる。

そんな蝶は今日も私を惑わす。


単語
読書、蝶々