嬉しさも悲しみも全て



深い闇色の空から降る雪が、公園の薄暗い街頭に照らされながら、桜の花弁のように舞い落ちていく。まるで世界に一人だけ取り残されたような錯覚に陥るかのような冬景色。

時間のせいか、寒さのせいか、地面に敷かれた純白の絨毯を踏みしめる人影は少なく、昼間のざわめきも嘘のように辺りが静まり返っている。そんな寂しい雰囲気の公園で、街頭の下にあるベンチに座る女性が一人。

女性は山吹色の光に照らされながら、特に何をするでもなく漠然と目の前の光景を眺めている。

「遅いよ〜、寒!」

白い吐息と共に吐き出された言葉は、凍てつく空気の中へ霧散した。どうやら約束の時間を過ぎてもやって来ない待ち人がいるようだ。

不意に彼女の胸元から、凛としたメロディが響いてきた。コートの内ポケットに入れてある、彼女の携帯電話からである。緩やかで綺麗な音色に合わせるように、相手の名前を確認して緩慢な動作でボタンを押す。

「徹くーん。待ちくたびれたよー」
《本当ごめん!どんくらい待ってた?》
「んーと…、30分くらい…?」

彼女がそう呟くと、相手から返事は暫く返ってこない。"あれ……、何かあったのかな"と彼女は突然不安に駆られていた。

「徹…くん?」

恐る恐る名前を呼んでも返事はない。そろそろ本気で心配になってきた頃、彼女は背後からいきなりギュッと何者かから抱きしめられていた。

「……あーやっぱり、こんなに手が冷たくなっちゃってる」
「徹くんだ…。手、あったかいね」
「走ってきたからね。それよりも…ごめん待たせて。今日は地味に話が長引いて」
「でも…真っ先に来てくれたんでしょ?…それだけで嬉しいよ」

それを聞くと及川は抱きしめる力を強めた。同時に名前の細やかな頬に口づけを落とした。走ってきたばかりだからか、息はまだ上がっている。

「あぁー、俺本当、馬鹿みたいに名前のこと好きみたいなんだけど!」

及川は名前の手をギュッと握りしめ、首筋に顔を埋めた。及川の無造作に跳ねた髪が名前の顔に微かにあたり、とてもむず痒いようだ。

「擽ったい!…でも残念ながら私の方がずっとずっと徹のこと好きだと思うけど?」
「じゃあさ、俺が今欲しいって言ったもの、すぐにくれる?」
「私にあげられるものなら何でもいいよ」
「名前の残りの人生」
「…………ん?」
「だから、名前の残りの人生が欲しい」

時が止まったようだった。名前には花びらのように散る雪でさえも止まって見えた。口をパクパクさせて言葉を選ぶも、なかなか言葉が出てこない。

「…プロポーズしてんの、気づかない?」
「プロ…、ポーズ…。」

反復しても言葉の意味は変わらない。及川はムクれた顔で、未だ返答のない名前の顔をじっと見ている。彼は彼なりに勇気を振り絞ったのだろう。二人の世界が止まっていても、真っ白く無垢な雪は降り積もる。

「え!まさか…泣いてる?」

振りそそぐ雪にまみれて気づかなかったのだろう。名前が大粒の涙を流していることを。

「………うれ、…うれじ…よ」
「はいはい。分かったからもう泣かない…。本当世話の焼ける子なんだから」

そう言って彼女を抱きしめた及川の目は安心に包まれ少し潤んでいた。

単語
プロポーズ