今の病室には誰もいない。
面会時間が過ぎそうだったのでみんなは静かに病室を後にした。病室を後にした彼らの中には誰一人、笑っている人はいなかった。
そりゃ、あんな現実見せつけられて明るい気持ちにはなれないだろう。かつての仲間が病室で寝たきりになっているというのだから。
"その日のうちに決められなかったらどうするの?"
"私にも良く分かりませんが、恐らく強制的に天使になるかと…"
いつかのリリルとの会話を思い出してみる。どちらにするか決められなかったら強制的に天使になると言っていた。
今の私自身はとても人間になりたがっている。人間になって出来ればまた、孝支君と恋人同士になれたらいいなぁ。だとか不可能な事を考えてしまう。人間になった後、大切に思っている人との記憶を全てなくしてしまうなんてそんな事は考えられなかった。考えたくもない。きっと2人で撮った写真も、私という存在がなくなってしまう。
でも、今はどうしようもなく孝支君に会いたい。
その気持ちが孝支君のもとへと導いてくれたに違いない。
私が思った場所に彼はいた。
彼が私を家までおくってくれた、その道の途中にある公園。怪しく光る街灯の中で時間を忘れるくらい二人で良く話をしていた、そのベンチに孝支君は座っていた。虚ろな瞳に悲しげな影を纏い、大きな体がとても小さく見えるほど肩を落として、たった一人で彼はそこにいた。暗い。空も、心も。
『孝支……君』
私は彼に駆け寄り、その前に跪いて彼の手をとった。触れることはできない。温もりは伝わらない。でも、気持ちだけはきっと伝わるはず…。
そして風と共に名前をよんでみた。
「名前………?」
『………!』
「んなわけないか…。」
声をかけると孝支は一瞬目を上げ、そして再びうつむいてしまう。私はこの表情を知っている。泣きたい気持ちをこらえてるんだ…。
「どうやら名前さんは、菅原さんの頭の中に微量なテレパシーを送ったようです。」
『そんな事が出来るの?』
「恐らく名前さんの菅原さんに対する想いが伝わったのかと…」
想いが…伝わる。でも確かに言われてみればさっき孝支君は反応してくれた。
「今、大切なことを伝えておきますね。実は明日、お1人と1時間だけお話をすることが出来るんです」
『…………。』
「どなたでも構いません。ただお一人だけです。」
誰にするか迷う事はない。
私が真っ先に選んだのは孝支君だ。今のうち、何を話すか決めておかないと。
公園で1人うなだれる彼を見ながら、夜は更に更けていった。
どこか遠くで、木々のざわめきが聞こえた
匂いに形はない。だけど嗅ぐことができる。声に形はない。だけど、聞くことができる。愛に形はない。だけど知ることができる。私はそんな形ないものを孝支君に沢山伝えたい。
天使になるか、人間に戻るかなんて私だけで決めていい事じゃなかった。ちゃんと孝支君と話し合って決めたい。
私の未来を。