僅かな明かりで照らされた部屋の中に、男女の姿。
片方はベットに横たわっており、もう片方はそのベットに横たわる少女の手をギュッと握っている。いつも大きく感じていた孝支君の背中は、今はとても小さく見えた。
常に纏っていた穏やかな空気も、今は虚ろだ。
『孝支君…。』
名前を呼んでも返事は聞こえない。どんなに悲痛な叫びでも伝わらない。今の私には、想いを伝える術などないのだから。
「今日は久しぶりに烏野のメンバーと会ったんだ。みんな全然変わってなかった。田中なんて特にそのままだった」
想像できるなぁ。田中君、裏表のないハッキリした人だったし。きっとありのままの自分を見せているんだろう。そんな田中君がいつも輝いて見えた。
「なぁ、名前。あれから1週間経ったな」
孝支君が力ない小さな声でつぶやく。
"1週間"。知らない間にそんなに時間が経っていた。
ちっとも動かない私の頬にそっと両手で触れる。何故か同時に私の頬も熱くなるのを感じた。感覚なんてないはずなのに、私の生身の体に触れられているというただそれだけで、胸が引き締まる思いだった。
「目、覚ましてくれっ…」
震える声。それは次第に必死に何かをこらえるような、痛々しい声に変わっていった。
そして孝支君はそっと、横たわる私にキスをした。周りの時が全て止まっているかのようだった。痛い。胸が痛い。
数秒してゆっくりと唇を離し、私を見つめる。うつむいた孝支君の背が震えるえて、鳴咽がもれる。孝支君が泣いた姿を見たことがある。でも、こんなに苦しそうじゃなかった。いつも泣き笑いで。こんな風に泣く姿を想像すら出来なかったくらい、震えて、崩れ落ちそうな彼。肩を支えてあげたいのに届かない。
『孝支君…』
触れられないと分かっているのに、思わず背中から抱き締めようとして、その両腕が孝支君の体を擦り抜けた。そうだよ…、私は今は何にも触れられない。こんな状態の彼を支えることができない私。
「名前、……!」
私はその姿を見るだけで涙が止まらなくなった。口に手を当てて、必死に声を抑えても漏れる声。触れたいよ…。大好きだって言いたいよ。
「俺は名前じゃなきゃ嫌なんだよ…。」
『私だって、孝支君じゃなきゃ…嫌だよ…!』
私はここにいるのに。届かない。
『神様、お願いです…。なんでもしますからっ…。私と孝支君を離れ離れにしないでください…!』
生前、叶えたい夢は沢山あった。馬鹿みたいに大きい夢から、ほんの些細な小さな夢まで。その中で叶った願いもあった。だけど叶わなかった願いの方が多かったように感じる。
だけど、今回ばかりは叶えたい。叶えなければならない。私を待ってくれている人がいる。会いに行かなければならない。でも、私がもし人間になると言う選択肢を選んだら、私も、彼らもお互いの記憶をなくす。孝支君を好きだったという事実もなくなる。彼も私を好きだったという記憶もなくなる。それは何よりも辛い事だった。生まれ変わっても孝支君がいい。誰よりも幸せにしてあげたい。
でも、たとえ記憶が残るとしても、それは私が天使になる選択をした時だけだ。
神様は意地悪だ。こんなちっぽけな存在の願いを叶えてくれやしない。だけど、その選択肢を選ぶことができない私なんかに、神様は味方をしてくれないだろう。
小さい存在の私一人の願いを叶えてくれる神様はどこにいますか?