お母さん達がまだ二人で話している間、今日も病室に孝支君が訪れた。
ありがとう。その気持ちだけで十分嬉しい。
「こんにちは…って誰もいないか。」
カーテンを開けるや否や、挨拶をする孝支君だけど、お母さんは生憎席を外している。孝支君は備えられていた椅子を持ってきて座る。
私には彼がかなり疲れているように見える。前より痩せて、元気がなさそう。そう言えば、最近バイトを始めたんだったよね。
孝支君はもっと休んでいいんだよ…?そう言った声も届かない。私の病室に訪れるより、休んでくれた方が嬉しい。
「名前、今日は大学で女の子に告白されたんだ」
ズキリ。ここに来てから何度痛んだか分からない胸。感覚なんてないはずだから、勝手に痛いと勘違いしているのだ。
「もちろん俺は断ったよ。自分の彼女が好きだから、って。そう言ったら、その子も潔く諦めてくれた。」
孝支君は優しい。
それに顔も整っているから周りの女の子が放っておくわけがない。高校の時から告白は沢山されていた。でも、孝支君は告白される度に私に報告してくれていた。"俺はやっぱ名前が好きだな〜"とか"名前以外の告白は受けるつもりはないよ"とか毎回私の事を安心させてくれた。だから浮気の心配はなくて、彼を疑うことはなかった。
今だって私が嬉しくなるようなことしかしていない。
「でもさ、名前がいないと断る理由がなくなるよ。だから、早く…、早く戻ってきて。」
また見てしまった。その哀愁漂う背中を。震える背中を。モノに触れることが出来ない私には後ろから抱きしめることができない。
…しばらくその切ない背中を見つめて歩いていると、ふと、背後から足音が聞こえた。最初はゆっくり。そして、突然駆早足になる。
振り向く前に、私を大きな体が通り抜ける。
「スガ…。」
「大地、来てくれたのか…。」
「あぁ。皆もあと少ししたら来る。」
それが大地君だと気づいたのはすぐだった。今は主将じゃないけど、私にとっては永遠の主将のような包容力のある人物だ。彼は成長したからか、ちょっと大人びて見えた。
「お前全然寝てないんだろ」
「大丈夫だよ。」
「大丈夫って……、少しは寝ろ。これじゃいつ倒れるか分からないだろ?」
「…悪りぃ。じゃあ、ちょっと寝かせて。みんな来たら起こしてくれ」
「あぁ、任せろ。」
大地君の訪問に安心したのか、孝支君は倒れるように眠りについた。壁に寄りかかって眠る彼の寝顔には疲労そのものが伺える。
…ごめん、無理させてるのは私のせい。
「名前、久しぶりだな。」
……久しぶりだね。大地君少し大きくなったかな。高校の時も、高校生には見えないくらい大人びてたけど、更に大人っぽくなった。
「お前が事故にあったって聞いてビックリしたよ。ここに来るまで信じられなかった。」
高校の頃は、大地君は私に沢山良くしてくれた。彼と一緒に過ごした時間が掛け替えのないものとなったのは言うまでもない。
「でも、今のお前の状態を見てようやく本当だって分かったよ。」
やめてよ。頼りになる大地君までそんな顔をするの。いつもみたいにどーんと胸はっててよ。
「スガも、皆も待ってるからさ…。早く戻ってこいよ、な?」
優しく問いかける彼の表情は、困ったように笑っていた。そうしたいのは山々なのに。私にはどうすることもできないの。
今は、生死を漂ったただの亡霊だから。現世に未練を残したたった独りの人間だ。