/紅の切ない鼓動/


3日というものは凄まじく早かった。光陰矢の如しとはいったものである。

今日は京治君と会うことができる最後の日。

私の気持ちは、昨日までは膨らんでいた風船が萎んでいる途中といったところだ。つまりは、別れが寂しいということ。せっかく久しぶりに会えたのに、別れが早すぎる。

『また、東京に帰っちゃうんだね』
「また来るから」
『…寂しいな。…すぐに会いたくなっちゃうよ。』

京治君の前でなら素直に本音を言えるのはどうしてだろう。どうしてこんなにも心が落ち着くのだろう。彼の前なら純粋でいられる。そしてありのままの自分を知って欲しいと思う。

これが恋というやつか。

だとしたら、相当厄介なものである。今までは後先何も考えずに行動する事が多かった私にとっては未知の領域だ。たった1人、京治君の存在がこんなにも私の心を揺さぶるものだとは思いもしなかった。

『…ごめんね。我儘言って』
「今のは全然我儘じゃないよ。俺も…、絶対会いたくなる」

痛いくらい心臓が跳ね上がる。京治君と同じ気持ちでいた事が、少しだけ気持ちを和らげてくれた。

小鳥が綺麗に囀っているはずなのに、
木々が揺れて歌っているはずなのに、
太陽が眩しく照っているはずなのに、

その事さえも気にならないくらい、京治君の言葉に夢中になっていた。

待って、行かないで、なんて言えない。好きだよ、だなんて、今の私には言う勇気もない。何も言えない私は意気地なし。

だって想いを伝えて、彼に拒まれるのが怖い。想いを伝えること以上に、拒まれるのが一番怖いのだ。私は今のままの関係を崩したく無い。彼と会えるこの大切な時間を失いたくないの。

あぁ、なんて臆病なんだろう。

彼は東京の人だから。私がここに住むように、彼にも帰る場所がある。だから、会えない時間があるのも仕方がない。

『また、会おうね。今度は冬休み、かな?』
「…そうだね。じゃあまた。」
『元気でね、京治君!』
「名前も」

今年の夏休み、彼とのお別れの際、最後に見たのは彼の背中だった。最後にみた背中も、次にまた会うとき、もっともっと逞しくなっているんだろう。

私は愛しくも悲しい眼差しで、彼の背中を見送った。

***

私は欠伸をしながら窓を開ける。

摩擦熱で熱くなった頭を冷やすように、涼しい風がサーっと入ってくる。

寝癖でぼさぼさになった髪が後ろに流される。少し目を閉じながらそれを堪能する。

ついこの間、つまり夏まではほとんど感じられなかったその風は、心地よい。ゆっくりと目を開けていくと、再び懐かしい光が入り込んでくる。

その光は、私の脳内に昨日までの三日間の風景を映し出す。夢にも見るほどに、輝いていた三日間だった。

誰かが塗ったような空の青色も、風に揺られる木々の緑も、道ゆく人が次々の踏んで行くアスファルトは暑さを吸収してる。

京治君が東京に行ってしまった。
その事が私に夏の終わりを告げていた。


「…ちゃん!名前ちゃん?」

『……ん?あ、ごめん』
「どうしたの?考え事?」


友達が何度か私の名を呼びかけていてくれたことに、ようやく気づいた。友達は心配そうに私の顔を覗き込む。私はいつの間にか学校に来ていたらしい。

重い瞼が、顰めた眉が、スッと力をなくした。現実に戻ってきたことでようやく正常に意識を取り戻した感覚がした。

『うん、今日の夕飯何かなって考えてたの』
「あっはは、名前ちゃんらしいや」

私の性分上その誤魔化し方が一番自分にしっくりくると思ったので、そう言うと、やはりその回答が正解だったらしい。友人は長年の私を知っているためか、すんなりと笑ってくれた。

最近の私は知らず知らずの間に彼のことを考えてる。もう相当重症だな。いっそのこと電話番号とか聞いておけば良かったかな?それもなんだか恥ずかしい。

私は高校生になったら携帯電話を買って貰う約束をしていたので、それまでは辛抱しなければいけない。都会の人はどうか分からないし、田舎だからといっても中学生で携帯を持っている人はいる。

少なからず私は携帯を持っていないので、せめて家からでも電話したかったけど、臆病な性格のためなかなか電話番号は聞けなかった。私は積極的に外で遊んだり、話しかけたりはできるが、恋愛には奥手だったらしい。


「ねぇ今日の放課後遊べない?」
『うん、いいよ〜。突然だね?』
「名前ちゃん、夏休み中は忙しそうだったからね」

そうだ、私にはもうないんだ。
夏の終わりと同時に、私の用事はなくなった。

1ヶ月ほど前に京治君はいなくなり、私はすっかりあの丘に行くことはなくなっていた。次に会えるのは冬休みかなぁ。

でも部活が忙しいだろうし。会えて大晦日だろうか。そうだ、もし会うことができたら一緒に雪だるまを作ろう。あと雪うさぎも。2人で冷凍みかんを作って、お汁粉も飲もう。きっとすぐに冷えちゃうから急いで飲まないとなぁ。


『もう大丈夫だよ!』

私が今どんな表情をしているのか。それは私にはわからない。上手いこと笑えてればいいなぁ。

自分のことは自分が一番理解していなきゃ不自然なのに、私が私自身をどう思っているのか分からない時がある。

でも今の私の感情はしっかり分かる。

口惜しくて、悲しい。
また、また初めから日常を取り戻さなきゃ。
彼と会って別れる度に、日常に戻りたくないと思う。

でも、まだ胸が痛いよ…。

京治君、好き。好き。会いたい。

俯いていた私は、目線を前に向けた。ゆっくりと。確実に前を向くために。

ここで立ち止まってちゃ京治君に笑われる。

京治君は一見クールそうに見ても、実は心は熱かったり、よく笑う人だって事を知ってる。
ここで恥じない自分を作るために、好きだという気持ちは持ちつつ、もっと笑おう。京治君だってあんなに真剣にバレーに取り組んでるんだもの。

はっきり言って、好きになるって事がこんなに苦しいって事だとは思わなかった。恐らく他の人と比べて、会えない時間が長い分、何倍も苦しい恋をしてる。息が詰まりそうな事だってあるけど、次会った時、胸を張れるように笑おう。

何も苦しい恋をしているのは私だけではない。恋をするなら一度は苦しさを味わうことになるだろう。その切なさの期間が私は人より少し長いだけ。
彼に会えばまた幸せになれる。今の生きる糧は彼との時間になりつつある。

生きる糧というのは大袈裟な表現だが、そのくらい彼の存在が大切になっていた。

昔のあの無邪気な自分は想像できるだろうか。

私は今、京治君に恋をしているのだと。