/甘酸っぱい時間/
再会の次の日。
当たり前のことだが、昨日来たばかりだから、まだ京治君はこちらに滞在している。京治君が町にいる間はいつも目覚めが良い。サッと髪を流れるように梳かして、家を出て行く。
暑いと思いながら歩くこの道も、暑さなんか忘れられた。恋の熱さの方がよほど強烈だと思うほどだ。
鼻歌を歌いながら丘への道を行くと、京治君はそこにいた。
別に約束したわけじゃないけど、自然と到着する時刻は決まっている。ただ今日はちょっと早めに来たはずなのに、彼の方が一足早かった。
『今日は早いんだね』
「うん」
京治君は一段と雰囲気がクールになった。でも話してみるとやっぱり京治君なんだなぁってしみじみと思った。変わらない京治君がいるからこそ、会えることが途轍もなく嬉しい。
「今日、この街で夏祭りがあるでしょ?」
『あー、あるね。今日はそう言えば年に一度の夏祭りだ』
その日も汗が噴き出すほどの暑さで、私はワンピースに麦わら帽子を被っていた。蝉の鳴き声が、そびえ立つ木々の方から聞こえてくる。
「行かない?……夏祭り」
一瞬固まった。それと同時に思考まで停止してしまった。京治君と、一緒に?
彼は私を見ずに、空を仰いでいた。それがどうしてかはもちろん私には分からず、無駄なことを考えることをやめ、私はそれに応える。
『…い、行きたい、…です』
「なんで急にしおらしくなってるの」
そこはツッコまないで欲しかった。誘われた時、まるで真っ暗な洞窟に一筋の光が差し込んだ時のように、私の心はぱあっと明るくなった。本当はその場で飛び上がりたいほどだったが、京治君の前ではやめておいた。こういう時には自制することが大切だ。
「じゃあ、今日の6時、丘の入り口で」
彼が待ち合わせ場所と時間を告げた。今年はタイミングもよく彼がこっちに来ている時に夏祭りが行われる。
『うん、分かった』
こんなに幸せでいいんだろうか。私、今きっとだらしない顔してる。きっとこれは今まで会えなかった分のご褒美だ。そうに違いない。だとしたら私は幸せ者だ。
『あ、連絡先交換してもいい?』
私はポケットにあるスマホの存在に気がついて取り出す。一応最新型の機種らしいが良く分からない。使いやすいとは思うが、通常のスマホがどんなものか分からないため比べようがない。
『えっと、QRコードでいいかな』
「うん」
京治君もスマホを取り出した。最初に無料のアプリの連絡を聞き、その後にメールアドレスを聞いた。携帯会社が同じだったことや、なんの飾り気もないただのアルファベットと数字の羅列のメールアドレスに、なんとなく喜びを感じた。
メールアドレスもゲットしたし、これで少しは離れていても寂しくはなくなるだろう。それから少し話して、お祭りの準備をしなくちゃいけなくて別れた。
***
『お、お、お母さん!浴衣ある!?』
慌ただしく家に帰って、お母さんを捜す。お母さんは居間で煎餅をガリッと齧っていた。
「はぁ、なんで浴衣?」
『お、お祭りに来て行きたくて』
小さい頃は男の子みたいに過ごしていたから、祭りに可愛い服を着て行ったことなんてないし、ましてや浴衣なるものを着て行ったことなんて一切なかった。
そもそも可愛くなろうだなんて思ったこともなかったから、今回はいいチャンスになった。
「浴衣なら、隣の家のお姉さんに借りて来なさ…もういない」
隣の家のお姉さんに浴衣を…!隣の家のお姉さんはまさしくお姉さんって感じで、いつも慕っていた。よく彼氏さんがお姉さんの家に来るのを見かけていたし、お姉さんとその彼氏さんが祭りに出かけるのも見たことがあったので、浴衣があることは分かっている。
あんな素敵な浴衣、私に着れるのかなぁ。少々不安だけど、隣の家のインターホンを押す。
するとお腹を膨らませたお姉さんが出てきた。お姉さんは妊娠7ヶ月らしい。そう言えばお姉さんは今は旦那さんと一緒にここで暮らしているんだった。
『お、お久しぶりです!』
「あら、名前ちゃん?大っきくなったね〜、可愛い〜!」
お姉さんは相変わらずの透明感のある高い声で話しかけてくる。
『あの、突然ですが、お姉さんの浴衣貸していただけないでしょうか?』
「浴衣?あー、いいよいいよ!ってか貰って貰って〜。」
『いいんですか!』
「うん、うちにあってももう意味ないしね」
お姉さんが身重の体で、わざわざ浴衣をとってきてくれた。保存状態がいいのかあの頃の綺麗さは健在だ。
お姉さんにお礼を言って浴衣を受け取った。あとは着付けだけど、確かお母さん知ってたよね。
「なになに、名前ちゃん彼氏でもできたの?」
『へ?い、いえ!そんな私にはまだ出来ませんよ〜』
「じゃあ好きな人かしら?」
お姉さんはいじわるそうに笑う。
『一応、そうです…』
「ヒューヒュー、青春してるね〜」
正直恥ずかしい。お姉さんに全て見透かされてるような気がする。
『あの、浴衣ありがとうございました!』
「うん、デート頑張ってね」
お姉さんに最後までからかわれて家に帰ってきた。
お母さんに着付けをしてもらって、完成した頃には時刻は待ち合わせ時刻30分前になっていた。
結局お母さんにも好きな人とのお祭りだということがバレてしまった。
デート、か。そうだったらいいんだけどなぁ…。
少しづつオレンジになりかける空を見上げてそう思った。