/貴方へ向けた恋の色/
夏祭りらしくちゃんと下駄を履く。
鼻緒擦れが怖いので、ちゃんと履き方を教えてもらったからもう大丈夫だ。
それにしても歩きづらいな!下駄じゃなくてもサンダルでも良かったんじゃないかと思うくらいだ。
巾着からハンカチを取り出し、それとなくうなじにかいた汗を拭う。せっかく浴衣着てるんだし、手のひらや脇は諦めようと思い、私はハンカチを巾着の中にしまう。
彼と手を繋ぐことなんてたぶんないだろう。ないだろうと思いつつも、それを思い浮かべると頬が赤くなり、身体が熱くなるのを感じる。冷やそうと手を頬に当てると、変な汗がにじむ手のひらも熱くなっていた。
なんとか頑張って丘の入口へ向かう。下駄のせいで体力はいつもの2倍は使ってしまった。
時刻は待ち合わせ15分前。
どんなに早く来ても15分前にはいないだろうと思っていた。
でも彼はいた。
シンプルだけど、自分に似合う服を彼は分かっていた。やっぱりカッコいいなぁ。
『ごめんね、待った?』
彼の姿を発見した私は自分でもわかるほど喜んでいた。
「いや、待ってない。随分早いんだね。待ち合わせ15分前だよ?」
少しでも京治君に会える時間を長くしたかったなんて言えません。
『京治君だって早いじゃない!』
「…たまたま準備が早く終わっただけだから。それに外の空気も吸いたかったし」
なんか上手く交わされた気がする。それでも今は気にならない。
「じゃあ、行こうか」
彼は私の浴衣姿を褒めることなく、スッと何事もなかったかのように行ってしまった。頑張って、おめかししたんだけどなぁ…。今まで京治君に"可愛い"の一言も言われたことないし、でも、当たり前だよね。京治君そういうこと言う人じゃないし。
分かってたけど、どこか残念。私は歩いて行ってしまった京治君の背中を追う。
途中で下駄を履いていることに気づいてか、私のスピードに合わせて歩いてくれた。
容姿は変わっても性格は変わらないんだ。
いつもの何倍も歩くのが遅いのに、お祭り会場までが近く感じた。
お祭り会場に着くと、京治君は私を先導するように前を歩いた。人混みをかき分けながら歩くのは、この下駄ではなかなかにしんどいものだ。特に巾着を持っている左手は不自由で、浴衣も少し歩きにくい。
『うわっ!』
人混みに押されて私はよろける。すると、ふいに出された右手を、誰かに掴まれる。
「大丈夫?」
その瞬間私の体温は一気に上昇し、心音がまるで耳元で鳴っているように大きく聞こえた。ふわりと握られた右手に、人の温かさを感じて、安らかな気持ちが私を覆った。頬が熱い。体全部が火照ってる。
京治君が私の手を握ってる。
私を先導してくれている彼の顔をちらと見ると、彼も少し頬を赤らめているようで、ますます心臓が高鳴り出した。
「危なっかしいから、手握ってて」
『ありがとう…』
この会話はお互い探り探りだったと思う。ただ彼も体温が身近にあって、より心臓の鼓動を速めた。
『やっぱり混んでるね〜』
「そりゃ祭りだからね」
幸いクラスメートや知り合いには会っていない。
このお祭りでは花火大会、というほど大規模の花火大会はないけど、何発かは打ち上げられる。それを楽しみにしてくる人たちも多いようだ。
「何か食べる?」
『焼きそばー!…じゃなくてチョコバナナ!』
「じゃあ行こうか」
京治君は私の手を引っ張る。でもスピードが緩やかで私でも余裕でついていけるくらいだ。
お目当ての屋台についてチョコバナナを買う。
そして人目憚らず頬張ると、ようやくお祭りに来たって感じがした。
京治君は食べ終わるまで待っててくれた。そして当たり前のように手は繋がれる。
『京治君は何か食べる?』
「俺はぼちぼち探すよ」
どうやらまだお目当てのものはないらしい。
『今何センチあるの?』
下駄を履いていても全然距離が縮まったとは思わない。隣で歩く彼は見上げなければ見えない。夜空をバックに彼の顔は、屋台の光に照らされる。
「180くらいはあると思うよ」
『でか!』
地元では180台はなかなか拝めない。
『凄い鍛えてるんだね。腕の筋肉とかすごい鍛えられてるね』
「毎日バレーやってるから、鍛えられるんだろうな」
『あ、そうだ、またバレー教えて!』
「いいよ」
京治君が照れくさそうにそっぽを向いた。
こう約束しておかないとやっぱり不安だから、私たちを繋ぎとめる"約束"が欲しかった。