/はち切れそうな感情/


『もう夏休みまで待てないって思って、思い切って来ちゃった!』

見上げないと顔を見ることができなくなった京治君は、柔らかな表情になった。

「俺に会いに来たの?」
『うん』
「いつからその予定だった?」
『たしか2ヶ月前から』
「おかしいと思った。名前が俺の試合予定のことを聞くなんてあまりないから。」

完璧な計画のはずだった。だけど鋭い彼の事だから些細なミスでもばれたに違いない。今回は確信をもたれていないと言う点で成功と言えよう。
呆れたように笑う彼をジッと見つめる。

『来ちゃだめ、だったかな』

我ながらズルい質問だ。彼は優しいし、もし迷惑だったとしても、それを言葉にはしない。態度にもださない。笑ってだめじゃないよって言ってくれる人だ。

「だめだなんて思うわけないだろ。今嬉しすぎて動揺してる。」

表情が喜びを表現していないから、てっきり嬉しくないのかと思った。だけどそんなセリフを聞いたら、安定しない感情が嘘みたいに明るくなった。

「赤葦ぃ!誰だ!その女子は!」

先ほどの大きな声が聞こえる。

「…厄介な人が来た。」

小声で嫌そうな反応を見せる。

「もしかして噂の彼女か!?」

噂って、京治君私の事なんて説明してるんだろう。ちょっと聞いてみたいような…。

「はい、そうです」

何を隠す様子もなく、淡々と返事をする京治君に、少し顔が熱くなる。認めてくれてるんだぁ…。この上ない喜びだ。

「名前は?名前はなんての?」

先ほどまで京治君に向いていた視線が、まっすぐ私を貫いている。純粋な好奇心が私を見ている


『…名前です』

勢いに圧倒されて、言葉がでないところだった。

「名前ちゃんかぁー…!赤葦に何回聞いても教えてくれなかったから、見栄はってるんじゃねーかと思ってたんだけど、まじでいたんだな、彼女!」
「なんで嘘つかなきゃいけないんですか」
「だってよー写真も見せてくれなかっただろ!」

そういえば、写真なんてとってない。2人きりの写真を撮ったことがない。

「なんだなんだ。赤葦、噂の彼女か?」

今度は違う人が入り込んできた。ニヤニヤと獲物を見つけたかのように笑う人だ。
先ほどの大声の人と同じことを言っている。


「そうです。彼女、怖がってるんであまり大きな声ださないでくださいね」
「ほぅ、赤葦ってそういう感じ?」
「どういう感じですか」
「彼女ちゃんすっげぇ大事な感じでしょ」

まだニヤニヤ継続中だ。

「大事に決まってるじゃないですか。誰もいなかったら今頃何してるか分かりません」
「おまっ、リア充だな!!羨ましいぞ、こんな可愛い彼女!」
「リア充乙。あぁー俺も彼女欲しー!」
「てか赤葦の彼女が住んでるとこって、東京から300km以上離れてるって言わなかった!?」

一体京治君は私のことどこまで言ってるんだ?都道府県名は言われてないから、住んでいる場所はバレてないんだと思う。噂になるくらいだから、彼らには相当脚色された私が映し出されているのではないだろうか。

「言いましたね」
「彼女、わざわざ来たわけ!?」
「だから、名前も移動で疲れてます。あまり騒がないであげてください」
「呼び捨てかよ!!本当赤葦リア充!」
「彼女と2人で話したいので、先にご飯食べててください」

目の前で繰り広げられている会話についていけない。テンポが早すぎる。いつのまにか2人はいなくなり、再び京治君と2人きりになった。

「名前、試合見ていく?」
『うん、見たい』
「その後は?」
『明日、京治君おやすみなんだよね』
「うん」
『2人でゆっくりしたいなって思って…』

可愛く、だけど態とらしく首を傾げると、京治君は鼻で笑った。 な、なんたる無礼な!


「いいよ、明日は2人でのんびりしよう。今日はどこに泊まるの?」

『ここら辺のホテル予約しようかなって思ってて』
「まだ予約してないんだったら家においで。母さんも喜ぶ」

はぅ!!なにその魅力的なお誘い。 素敵なお誘いだけど、本当にお邪魔してしまっていいのだろうか。

『いいの?』
「寧ろ母さんが名前を連れて来いってうるさい」

嬉しい。なんて嬉しいんだろう。でも緊張する。京治君の家の人に会うなんて緊張以外の何物でもない。気に入ってもらえるかな。変な子だって思われないかな。

『お邪魔してもいい?』
「勿論。じゃ、俺ご飯食べてくる。そろそろ木兎さんがうるさそうだし。」
『うん、来てくれてありがとう』
「それはこっちのセリフだよ」

京治君が微笑むと、私の頭を撫でた。身長差がなかったからか小学生の時には容易に出来なかったそれは、今では簡単にできるようになっていた。京治君がみんなのところに向かう。背中おっきいな。たくましいな。…会えて嬉しいな。たくさんの感情が一気にせめぎ合う。どれも嬉しい感情だ。