/君との思い出/
全試合が終わった。京治君のいる梟谷は全勝だった。強いんだなぁ。様々なタイプの相手だったけど、確実に勝ちを狙ってた。スポーツっていいなぁって思っちゃった。私の通っている高校には自慢できる部活がない。そもそも生徒の母数が違うから、際立った選手を育てるのにも、見いだすのにも苦労するだろう。
試合が終わった梟谷は、練習試合会場が自らの高校からそんなに離れた所ではないため、現地解散となった。部活の挨拶を一通り終えた京治君がこちらに向かってきた。東京は交通手段がたくさんある。バス、電車、タクシー。どれも1時間に何十本、何百台も通ってる。帰りに困るということはまずないに違いない。
今回は電車で帰るらしい。切符の買い方は不慣れで、京治君にサポートしてもらった。田舎くさい自分が不甲斐ない…!
電車に乗ると、すでに座る場所がなくなっていた。これが普通の光景だという。
ガタンゴトン、ガタンゴトンと揺れている。満員までとはいかないが、数人入る程度しか隙間がない。立ちながら電車に乗るのは初めてだ。あまりにもバランス感覚がないから、京治君に心配された。
『そう言えば、お母さんに私のこと話してくれてるの?』
「話したよ。会った日にすぐ。」
数年経って初めて知った事実だ。嘘、…本当に?
「今日女の子と出会ったんだって言ったら、最初は良かったね、の一言だった。」
「だけど夏休み中遊びに行ってるものだから、不思議に思ったんだろうね。一体どういう子と遊んでるの?とか楽しい?だとか」
『そうだったんだね。嬉しいなぁ。』
「付き合い始めたのは、なにも言わなくてもばれたんだけどね」
『えぇ!京治君のお母さんって何者?』
「普通の母だとは思ってたけど、その瞬間ばかりは正直凡人とは思えなかったな」
京治君のお母さん。京治君がお父さんに似てるのか、お母さんに似ているのか分からないけど、きっと凛としていて、優しい人なんだろう。
『母の勘ってやつなのかなぁ。そういえば私のお母さんも京治君と付き合い始めた時すぐに気づいてたよ!あんた、もしかして例の彼とうまくいったの?って』
「俺はともかく、名前は分かりやすいから、すぐバレるとは思ってたけど」
『なにっ!そんな事ないよ!ポーカーフェイス得意だよ!』
「どうだか」
なんて事だ。私はもしかして顔に出やすいタイプなんだろうか。悔しいが友達にも言われるからそうなんだろう。
『そう言えば、京治君を好きになったのもバレてたなー』
「?」
『あんた、好きな人いるんでしょって、その時は誤魔化せたんだけど。』
「へぇ、それはいつの話?」
『えっと確か、小学校5年?いや、もっと後だ。中学校に入ってからかな。うーん、忘れちゃった』
「名前はいつから俺の事が好きだったの?」
質問がどんどん際どくなっている。うぅ、言わなきゃだめかな。
『多分、出会った時から京治君の事気になってたよ。…でも、きっと好きになったのは中学1年生の時』
理由は定かじゃない。ただ、京治君に会えない期間があまりにも寂しくて、会いたいと切に願った時から、きっと自覚していたんだと思う。
自分の事を赤裸々に語ることが恥ずかしくて、顔が真っ赤になっていないか心配だ。
「俺も、…多分中学の時から好きだった。」
京治君の反応は予想していなかったものだった。
「だから、こうして一緒にいられる事が嬉しいけど、実感が湧かないな。」
つり革に掴まる京治君は、掴まっていないほうの手を使って私の手をとる。
「会いに来てくれてありがとう」
相変わらず綺麗な顔をしている。日本人らしい顔なのに、どこか異国じみてる。
『…会いたかったよ。ずっと、京治君に。毎日会ってたいくらい。…大好きだよ。』
電車の中にもかかわらず、合わさった手をギュッと握り返す。同時に彼の胸板にそっと寄りかかった。京治君はきっと嫌な顔せず私の行為を受け止めている。この温もりが忘れられない。
「俺も、好きだよ」
『そうだ、私決めた事があるの』
私は今回の計画よりずっと前に決めていた事を口にする。
「ん?」
『大学は京治君が行く所の近くにしようと思う!』
京治君がどこの大学に行くか分からないし、そこまで続く保証もない。だけど、どうしても近くにいたいという今の願いを叶えたい。もし別れる事になっても、なんとなく京治君とだったら気まずくならない気がする。
「待って、本気で言ってる?」
『本気だよ!京治君が良ければ、だけど』
「…本気ならいいんだけど。今、心の中整理するから、ちょっと待って。」
京治君は暫く黙ったあと、一度大きなため息をつく。
「ごめん、嬉しすぎて言葉が出なかった。名前がそこまで考えてくれてたとは思ってなかったから」
『いつだってそばにいたいと思ってるよ。会えなかった時間が長ければ長いほど、出会えた時すっごく嬉しいけど、やっぱりずっと一緒にいたい。ごめん、…私ワガママだよね』
「いや、俺も同じこと考えてた。名前と会えない時間が長かった分、大学ではもっと一緒にいたい」
その言葉がどんなに嬉しいか。頬がだらしなく垂れ下がっているに違いない。しまりのない表情に引かれてないといいんだけど。
『京治君は都内の大学、だよね』
「一応そのつもり。春高に出るとしたら受験勉強は難しいだろうから、推薦を狙うつもり」
『もう、そこまで考えてるんだね…。すごいなぁ』
京治君らしいと言えばらしい。詳しく大学の話をしているうちに駅に着いた。
外は少しだけ寒い。
『お家は駅から近いの?』
「うん、すぐそこ」
東京の家と家の感覚は狭い。慣れない光景に、電柱で明るく照らされていようとも緊張を覚える。すごく寒いってわけでもないのに、体が震えているような感じがする。京治君の家族とは初めての対面だ。緊張する。
私の緊張が伝わったのかは分からないが、ふと感じる手への温もりに思わず彼の顔を見る。
「緊張しなくても大丈夫。母さん、名前のこと悪く思ってないよ」
彼が私の手をギュッと握っていた。ただ単に繋ぐだけではなく、安心させるような優しいものだった。
『ありがとう、なんか元気出た』
「だいたい、母さんと父さんが何を言っても離すつもりないから」
その言葉に心が跳ね上がって、その衝撃で手もギュッと握ってしまった。
『……京治君ってそういう事言う人だったんだね』
女に慣れているとは思わなかったが、彼が言いそうにもないと思っていた言葉を聞くと、なんて反応したらいいのか分からない。喜んでいる事は間違いないんだけど。
「待って、俺、今恥ずかしい事言った」
言ってから気づいたのか、空いている方の手で顔を覆っている。
『でも、最高に嬉しかったよ。こんなに幸せでいいのかな』
この後、京治君の家にお邪魔してご飯をご馳走になった。部屋は京治君と別々だったけど、眠る直前まで一緒にいて、沢山お話をした。次の日も、京治君に案内をしてもらって、東京観光をした。
私たちはまだ高校生だ。それ故大人らしい恋愛なんてできない。不器用で、だけど真っ直ぐな恋をしている。
そう思っていたのに、それは撃ち砕かれることになる。それはどちらのせいでもなく、ただ幼すぎるが故、青春に力を注ぐため、起こるべくして起こるものだった。学生の私たちには優先順位があって、それには叶うことができない。まだ、平和の脳である私には痛いほど現実を見せつけられる出来事が、今後待ち受けているとはつゆ知らず。