/この想いは特別/
赤葦side
名前。彼女は俺にとって大切な人であり、元カノでもある。
小さい頃からずっと彼女だけを見つめてきた。成長するにつれて彼女の存在も大きくなっていった。昔も、今もずっとずっと大切な人。
大切にしたいと思ったのに、俺はその彼女の優しさに甘えていた。彼女なら俺の全てを受け入れてくれると信じていた。だから高2になった途端、俺は彼女よりもバレーを選んだ。今はもっとバレーをしたい。バレーと向き合いたいと、そう考えるようになっていた。
そのためには彼女と会う時間を削らなければならなかった。1日くらい会ったってバレーの技術が下手くそになるわけでもないのに、その時の俺には変な意地があって。一度決めたことを貫こうと思ったんだ。
だから彼女には暫く会えないなんて言葉だけ決めつけて。本当は誰よりも大切にしたい人なのに、きっと彼女は傷ついた。俺はその時言わば自己中だった。自分のことだけを優先して、彼女の気持ちなんか尊重しなかった。
馬鹿だ。大馬鹿者と言われても仕方がないことをした。
何故気付かなかったんだろう。
卒業式の日。
同時に大学の合格が決まったその日に、どうしようもなく彼女の声が聞きたくなって、電話をした。1度目、2度目…どんなに電話をかけても出ない。寝ているのだろうかと思いその日は諦めた。朝、着信を見たら出てくれるだろうと思い、その日は眠った。しかしどんなに経っても電話は来ない。1週間経っても返事は来ない。
俺は裏切られた気分になった。何故電話に出ないのか。地元で別の男ができたのか。訳がわからない。俺はずっと悶々と考えていた。名前が電話をしなかったその理由を。
ある日、大学に書類を取りに行かなければならなかったため、電車での移動中につり革に掴まっていた俺の目の前には、恋人つなぎをして座っているカップルがいた。特に注意して聞いていたわけでもないのに、会話が耳に入ってきた。
「ずっとね、ずっと会いたかったよ。」
「3ヶ月ぶりだもんな」
「この前は半年ぶりだったよね」
両方とも本当に嬉しいのか、頬が緩みきっている。どうやらこの2人は遠距離恋愛の真っ最中らしい。
『…ずっと会いたかった』
そんな時、どこからともなく彼女の声が聞こえた気がした。しかしそれは空耳だった。
「今度はいつ会えるかなぁ。」
「分からない。だけど次はもっと早く会おう」
「うん、楽しみにしてる」
「ごめん、俺の仕事の都合で嫌な思いさせて」
「いいの、こうして時間を作って会いにきてくれるだけで、幸せだよ」
その2人から目が離せなかった。どんなに長い時間会えなくても幸せそうだ。こうして会えたことが一番嬉しいのか、2人からは幸せしか感じ取ることができない。
(京治君にずっと会いたかったから)
(頑張ってる京治君が好き)
(ずっと応援してるから)
(…大好き)
もう今となっては聞くことができない彼女の声。心臓が痛かった。俺は裏切られたんじゃない。彼女を裏切ったんだ。
ずっと一緒だとか言って、俺が彼女を縛りつけてた。バレーをしている俺も好きだといった。だからそんなバレーをしている俺の邪魔をしたくないと、会えないという言葉をきちんと受け止めたはずだ。
なんて馬鹿なことをしたんだろう。
俺は取り返しもつかない過ちをおかしていた。
気づいた時には、彼女と俺を繋いでいたものはこのスマホしかなかった。しかし肝心な電話も出ない。
あぁ、そうか。彼女は俺を見限ったんだ。2年間も会えずにいて、気持ちを保てという方が難しい。
自然消滅。
それが今の俺たちに相応しい言葉だった。
大学に入って、またバレーを続けることになった。
そこにはもう木兎さんがいて、また厄介なことになると思いながらも、心のどこかで喜んでいる自分がいた。しかし、名前が一緒にいないという事実を突きつけられてからは、暫くバレーも手につかなかった。
だが、最近彼女が東京にいるかもしれないという情報を得た。何より、その情報を提供したのが木兎さんであるという事が未だに解せない。
本腰を入れて彼女を探そうとしていた矢先だった。ある同級生バレー部員が、俺を無理矢理合コンに誘ってきた。いるだけでもいいから、とお願いされたので、しぶしぶ了承した。本当はこんな事をしている場合ではないのだが、一度くらいは仕方がないだろう。
乗り気ではないが合コン会場に向かう。合コンらしくもない雰囲気の中、それは始められた。
なんでも先に合コンをしていたグループと合同でやるらしい。人数は11人と11人とだいぶ多い。
もはや飲み会風になってしまうのは否めないが仕方がないだろう。そもそも俺はこの合コンには興味がないわけで。
早く帰りたいと思いながらも、目の前の女子の話を聞く。もうそろそろ合コンも終わりだ。きっとこれが最後のペアになるだろう。
「今日は友達と一緒に来たんですよ」
「へぇ」
「1人ね、元彼を忘れられないっていう女の子がいて、もうどんだけ一途なの!ってくらい彼のことまだ好きらしいんです」
よく喋る子だ。自分の話ではなく友達の話をするなんて珍しい。しかし彼女がその話題をだしたのにはちゃんと理由があった。
「それで、赤葦さんの名前聞いたら驚いちゃったんです。その子名前って言うんですけど、元彼の名前が京治って言って、赤葦さんと同じ名前なんです!漢字は同じか分からないんですけどね〜」
「え?」
「じゃ、今日はここまでにしようか」
なんてタイミングで終わりを告げるんだ。まだ聞きたいことは沢山あるというのに。
「その子、どの席にいる?」
「えっと、端の方じゃなかったかな?ほら、あの子」
彼女が指をさした先には、忘れもしない彼女の姿があった。大人になったと分かる容姿をしているのに、変わってない。綺麗になったのは確かだ。垢抜けなかった幼い顔立ちは、徐々に大人の階段を上っている証拠だ。話しかけたい、…そう思ったのに。
彼女を見ていたら、様子がおかしいことに気づいた。明らかに動揺して、焦っている。彼女の友人に一言声をかけると、急ぎの用事でもあるかのように店を出て行った。俺の存在に気付き、俺を避けているのだろうか。真相は彼女にしか分からない。
俺も急いで財布を取り出し、今日の分の支払いをすませる。正直俺も焦っていたから、正確な金額を出したかは分からない。
「ごめん、早く帰る」
「え〜、赤葦さん、もう帰っちゃうの〜」
茶化すような残りのメンバーの声を後目に、その場所を出た。
彼女はどちらの方向に出たのか左右を見渡すと、右の方向に足を進めた彼女がいた。後ろ姿でも分かる。昔ショートカットだった髪はすっかり伸びている。
ほぼ全力で走って、彼女のもとへ向かう。トボトボと歩く彼女に追いつくことは容易だった。
その腕を捕まえて、強引に引き寄せた。この手を離してしまったら一生後悔する。嫌だ…そんなの嫌だ。