/囁きの邂逅/


「…………会いたかった」

あの頃と同じ匂いの彼がそう言った時、私は世界中の時が止まったかのように思えた。

そして彼は抱き締める強さを強めた。腕全体を使って、私を包み込むような抱擁に呆然とした。私はそのまま飲み込まれてしまうのではないかという錯覚に陥った。

何を言っていいか分からないまま、ただただ時間に身をまかせる。否、私はこの時を待ち望んでいたのかもしれない。

張り詰めた空気。異様に静かな空間。

「俺………、ずっと後悔してた」

すると彼がポツリポツリと言葉を紡ぎ出した。

「名前が、応援してくれるのが当然だと思って…」

京治君は私を咎めるでもなく、話を続ける。私は黙ってそれを聞く。

「でも大学行って、隣に名前がいなくて。その時初めて名前がいないことを怖いと思った」

抱き締める力は強くなるばかり。だけどどこかあの時みたいに優しい。

「大学に入ってから木兎さんに聞いたよ。俺が主将になって苦しんでた時、名前が俺を励ましてくれるように頼んできたって自慢げに言ってたのを。その時どれだけ愛しいと思ったか…。それと同時に自分が情けなかった。」

らしくもなく声は震えていた。冷静沈着という言葉は似合いそうになかった。

「名前ばかりに気を使わせて、俺自身は何もしてやれなかった。名前の苦しみを高校の時、気付いてあげられなかった。」

苦しそうに呟く京治君。伝えたい想いは嫌なほど伝わってきた。


『………しは…、』

胸板に押し付けられたままだと、声がうまく出ないから少し顔を上げる。でもまだ彼の顔を見ることはできない。どういう顔で話せばいいのか忘れてしまった。


『私は、バレーを頑張る京治君が好きだった。だから、私はいくらでも待ってあげられると思ったよ…?…でも私は幼すぎて、ただほんの少し会えなかっただけで、寂しくて、会いたいって思って。でも京治君は自分の好きなことに没頭してるから、邪魔したくなくて……。』

今無性に泣きたい。わかってる、私はまだ大人になりきれていないこと。

『私は、弱かったから、京治君には直接何もしてあげられなかった……。ごめんね』
「名前は悪くない。悪いのは俺の方だ。バレーばかりで、寂しい思いをさせて。…ごめん」

ごめんと言われた時、私は我慢できず、とうとう涙を流してしまった。情けない。

『……っ、いいんだよ……京治君は好きなことやってたんだもん。京治君は何一つ悪くないから』


私は彼の胸板を両手で押して、背中を向けた。泣いてるところなんて見せたくない。それにまだまともに彼の顔を見られない。あの時は、私は今の自分に胸を張れることをしていない。


すると、またさっきと同じように手首を掴まれて、向きを変えられる。まだ辛うじて片手で顔を隠せる。と思っていたのもつかの間、彼は私のもう片方の手も掴んでしまった。両手を掴まれたため、これでは醜態が丸出しだ。

『け、……じくん。やめ…』

引っ込め私の涙。思い切り目を瞑って、目を合わせないようにする。すると頬に柔らかい感触。驚きのあまり目を開くと、京治君の顔は至近距離にあった。吐息がかかる距離に、体が痺れるように固まる。

「やっと目があった」

京治君は安心したように笑った。彼はあの時よりも何倍も大人になっていた。3年。それはあまりにも長すぎる時間だった。

『…う、うぅ……』

彼の顔を見ると瞬く間に停止していた涙が次々と落ちてきて。こんなに泣いたのはいつ振りだろうか。自分がこんなにも泣き虫だとは片隅も思わなかった。

「泣かせてごめん」
『け、いじくんのせいじゃないよ…』
「名前はいつでも俺に優しい」
『優しくっ………ない』

「優しいよ」

京治君は柔かく微笑んで、さらに距離を近づけて、私は何もできないままその唇を受け入れた。

「俺がこうしても何も言わない」

(ずるい………。文句なんて言えるわけないよ)

「ねぇ、もう一回してもいい?」

涙は出ても言葉は出てこなかった。その代わり、肯定の印として静かに目を閉じた。
初めに形を探るようなキスから始まった。次に見つめあってから、少し深めのキス。

暫くそれが続けられると、私の体から力が抜け、立つのがやっとの状態になった。京治君はそんな私の腰を掴んで、支えてくれた。

お互いの息が荒くなった頃、京治君はピタリとキスをやめた。


「実際こうして会うと、好きが溢れてどうしようもなくなる」


私もだよ、なんて言ったらどう思うだろうか。


「なんでこんなに好きなのかな」
『私も…京治君が好きでたまらないよ。好きすぎておかしくなっちゃいそう』

「…………!」

私は恥ずかしさを紛らわせるように、彼に再び抱きつく。

「ねぇ、名前……」

『ん』
「俺たちもう一度やり直せないかな」

『…ん』

曖昧な返事でも体は正直だったらしい。しっかりと彼の細い腰に抱きついた。
こうして私たちは、再び付き合い始めた。


小さい頃からの想いが今ピッタリと重なった。好きじゃ足りない関係。そんな関係が、再び始まった。