/儚い命の音/


小3の夏休みも終盤になっていた。

生きた証を残すために必死に鳴き続ける蝉の儚い声が、やけに耳に響く。

短い蝉の命は京治君と会うことができるのは今日だけだと言うことを酷く暗示するようだった。

今までに見てきた京治君は決して子供らしくなくて、寧ろ大人びていた。でもそれがバカで特に何も考えていないような私と噛み合っていたのだろう。だからこうして出会ってから1日も欠くことなく遊んでいる。他でもないこの丘で。

私たちはお互いに気兼ねなく話したり、遊んだりした。楽しい時間だけは過ぎていくのが早い。小学校の算数の時間だってもっと早く時間が過ぎてくれてもいいのに。

『京治君、本当にもう帰っちゃうの?』
「明日、朝一の新幹線に乗って帰るんだ」

やっぱり京治君が東京に帰るという真実は覆らない。帰って欲しくないけど仕方がないことなんだ。京治君はここの住人じゃないもの。彼には彼の居場所があって、その人にはその人の帰る場所がある。私にだって帰る場所がある。

仕方ない…ことなんだ。

今のままの私では苦笑いしか出てこなそうだ。誰だってきっとくよくよしている私なんて見たくないだろうに。眉を自分にでも分かるくらいに8の字にする。不安なんだ。冬休みに彼に会うまでが。確かに約束をした。冬休みに会うことを。だけどやっぱり不安なんだ。

一方の京治君は、憂いを帯びた目でヤケに遠くを見つめている。視線の先を辿って見ても木々が揺ら揺らと揺れているだけだ。思い込みだったら恥ずかしいが、彼も少しでも別れを惜しんでくれているようにも見えた。

『冬休み、また会えるんだよね?』
「うん」
『えへへ、そっか!楽しみにしてるね』

京治君とは冬休みまで会えない。寂しくなるなぁ。 夏休みが終わってからの冬休みまでの間はとてつもなく長い。

出会って1週間とちょっとしか経ってないのに、京治君は特別な存在になっていた。一緒にいてくれるだけで心は満たされる。心の中に灯りがともって常に温かい気持ちになれる。こんな感情初めてだった。

名状しがたいこの気持ち。


そんな彼が明日、暫くの間会えなくなってしまう。悲しいっていうより寂しいという表現がしっくりくる。幼心に、"別れ"というものは酷く突き刺さるものだと言うことを身に染みて分かった。でも永遠の別れじゃない。また会える。

私は寂しさを紛らわせるように、思い切って京治君の手を握った。ぷっくらしていて、私と似た手。


『絶対、絶対約束だよ?冬休みはこの丘集合ね!』
「分かった」

手を握ると、初めて手を握り返してくれた初日よりも、もっとずっと強く握り返してくれた。すると京治君は手を開いて、私の手も開かせて大きさを比べ始めた。所謂手比べって奴だ。

彼の手と私の手には差はなく、手の大きさは二人ともほぼ同じだった。

『同じくらいだね』
「俺、これからもっと大きくなるから」
『そうだね、京治君は男の子だもんね』

まさか宣言通りに京治君があんなに大きくなるとは思ってなかった。手をそっと離して、京治君は森の出口へと歩いていく。その歩み出した方向には私が生まれ育った街がある。そう私の帰る場所がある。

ふとした瞬間、京治君が立ち止まって振り返った。

「またね……、名前」

彼が詰まりながらも初めて名前を呼んでくれた。心臓がドクンと跳ね上がり、脈打つ。身体中にビビビと電流のようなものが流れたのがわかった。

『…っまたね、京治君!』

挨拶はさよならじゃなくてまたね。別れは悲しい顔じゃなくて笑顔。彼といると、何処までももっともっとプラスな自分で居られる。

そう______

いつしか私だけの秘密基地が、2人きりの場所に変わっていた。

これは変わった一夏の出来事。