/小さな好奇心/
side:赤葦
毎年訪れている母親の実家に今年も行くことになった。
自家用車に乗っていくのではなく、新幹線やバスを乗り継いで母さんの実家に向かう。
母さんの実家は随分と山奥にある。しかし俺はあの場所が嫌いじゃない。まだ小さいけど感じる懐かしさ。心地よいってきっとこのことを言うんだろう。
移動中、何度も居眠りをしながら、やっと着いたその場所は代わり映えのない自然を映し出した。この地に来た事を確かめるように深呼吸をした。
そして両親に呼ばれて祖父母に会いに行く。二人もまた全然変わらない元気を見せてくれた。今日の晩御飯は鍋らしい。俺が前に美味しいと言って食べた鍋を用意してくれる祖父母の優しさが身に染みる。
しかし夕食ができるまでまだ時間がある。
それまで好きに遊んできていいと言われたので、この街の探検から始めることにした。何度か来ている街だが、祖父母の家以外の場所のことはよく知らなかった。
しばらく歩いていると、綺麗な印象を抱く森があった。怖さなどない、しかし神聖そうな雰囲気の森。
最初は好奇心だった。
この静寂な森の奥に進むと何があるんだろうか、という小さな好奇心。この好奇心が今後の俺の人生を大きく左右することになるなんて考えつくはずもない。
足をどんどん進めていくと思いのほか森で迷った。
四方八方木々に埋め尽くされているここでは方向感覚は失われる。あれ、どっちから来たんだ、俺は。
まぁ歩いていれば何処かには辿り着くだろう。という変な考えから歩みを止めずにいると、案の定広い丘に辿り着いた。
そこで出会った少女が名前だった。
名前はその日、目を細めながら花々を眺めていた。恥ずかしいがその時の自分は彼女を天からの使者かなにかと一瞬考えてしまった。
彼女は"そっか"の一言でたくさんの感情を表現する。
いろいろな表情を見せては、最後には必ず笑う。あまり感情を表に出さない俺とは正反対。別に故意的に感情を出さないのではない。しかし彼女ほど表情豊かな様子を見ると、自分が可笑しいのだろうかと思い始めてくる。
大切に育てられ純粋に育ってきたであろう名前は、東京に住む同い年の女子とは少し違っていた。大部分の女子はオシャレや流行に敏感だが、彼女はからっきしオシャレに興味がない。むしろ昆虫採集や魚取りのために動きやすい格好をする。その格好が似合ってしまうというのも面白いポイントだ。
俺が何故毎日のようにあの丘に行くのかはわからなかった。毎日のように両親に遊びに行ってくると言って丘へと向かう。無性に名前に会いたくて。こんな感情を抱いたのは初めてだった。
名状しがたいこの感情。
だから、東京に帰らなければならないという事実が重くのしかかって。中々帰ると言い出せなかったのが昨日のこと。いつか離れなければいけないことは出会った時から分かっていたはずだ。
自分のなけなしの勇気を振り絞って冬休みにまた会えると伝えると、花が咲いたような笑顔を見せた。もっと彼女を知りたい。これから知っていきたい。ここまで誰かを知りたいと思った事はあっただろうか。
いいや、きっとない。
「またね……名前」
恐らく無意識に初めて名前を呼んだ。今までは君とかぎこちない呼び方だったから、言ってから羞恥が増してきた。
『またね、京治君!』
その時の名前の笑顔が向日葵のように明るかった。本当に向日葵のようだった。
あの時、森に迷わなければ彼女に出会えなかった。
小さな俺の好奇心にありがとう。
そしてこの自然にありがとう。