/恋に変わった瞬間/
京治君に会えないままとうとうお盆を迎えてしまった。
暑さは増していく一方なのに私の気持ちは冷えていく。原因は夏休みに入っても姿を見ていない京治君にある事は明白だ。
東京で何かあったのかな…。やっぱり私に会いたくなくなっちゃった?嫌われるようなことしたかな……。
誰だって気持ちが変わることくらいある。京治君だって人間だし、少し気持ちが変わることがあるかもしれない。
所詮私たちの間にあるのは、目に見えない口約束。平然とその約束を破ろうとも、東京のどこにいるか分からない京治君には特に関係のない話なのかもしれない。ただ、私には彼が約束を破るような人には見えなかった。
そう思っているからこそ、少しの可能性を信じてまだ丘にやってくる私がいる。
彼がいつかひょっこり姿を現すかもしれないし。
いやそうだ、そうに違いない。京治君は絶対約束を破るような人じゃない…!
と思い立ってからは、花冠を作りながら彼が来ることを祈っている。
蝶々が舞う花畑に夏風が吹いた。涼しくて目を細めると、周りで花びらが舞ったのが分かった。昨日降った雨のおかげで、花達は生き生きしている。舞い上がると同時に、花たちの色香が鮮やかに宙に舞い散る。このふんわりと鼻腔をスーッと通る花の匂いは私の好きな香りの一つだ。
癒される、心和らぐ香り。
そういえば私にはもひとつ好きな匂いがある。京治君の香りだ。変態と言われてもめげない。好きなものは好きだから仕方がないだろう。あぁ、会いたいーーーー!
『……私にもその元気わけて欲しいなぁ』
生き生きしている花の前で、私がどんなに呟いても花は返事をしてくれない。何故ならば花たちに自我があろうと人間にように話すことはできないからだ。
「名前」
どうせこれも空耳。最近多いんだよなぁ、この空耳現象。体が素直に彼を待ってるのが嫌なくらいに分かる。
自分がどれだけ彼を待ち続けているのかも、焦がれているのかも、思わずとも感じてしまう。
『京治君……、どこいるんだろ…わぁ!』
「名前……ごめん。」
『………け、いじ君?』
急に視界が真っ黒になった。目は温かい両手に隠されて、お気に入りの一面の花が見えなくなっている。この温もり………、知ってる。妙にさっぱりしていて、それでいて心地よい。
それにこの匂い。大好きな匂いだ。今は花の鮮やかな香りよりも彼の落ち着く匂いが臭って仕方がない。
そうか、京治君は約束通り来てくれたんだね。うん、京治君は私の中では誠実で真っ直ぐな人だ。私の目に狂いなし!
「誰でしょうか」
『京治君しか……いないよ…』
「正解」
こんな分かりづらい場所に来るのは京治君だけ。…やっぱり来てくれたんだ。
私は一早い実感が欲しくて、彼の顔を確認した。1年前とはほぼ何も変わらない彼の姿。身長の差は歴然として変わってきたが、多分基本的な性格は変わっていないと思う。声だって、そのまま。
私は唇を噛み締めて、顔をだらしなく緩ませた。
『凄く待ってた…!会いたかったよー!』
「ごめん。中学でバレー部入って、部活で忙しかった。お盆くらいしか連続の休みなかったから…、遅れてごめん」
『なんだ。そっかぁ…』
会いにきてくれた。また…また二人で話せるんだね。それだけで幸せだった。
もう来ないのではないかと絶望に近い感情を味わったからこそ、彼のその姿を確認した時の幸福はこの上なく私を安心させた。私の中で張り詰めていた何かが、ふと落ちていった。
「今回は3日しかここにいれない」
『…うん』
「…でも、必ず毎日来るから」
『うん!』
こうして約束をした中学時代。
冬休みも、またその次の年の夏休みも、冬休みも、受験生になった夏休みも御構い無しに2人きりで沢山話した。他愛ない会話、部活はどうだとか、最近のマイブームとか。
そんなどうでもいいような事を話している時間が、私はとても心地良かった。なんでも受け入れてくれるような包容力のある彼の隣に居られることは幸せだった。
そして、知ってしまった。
思春期に差し掛かっている私は、知ってしまったのだ。
京治君への淡い、淡い恋心が本物だということを。