続 隣にいる人
「名前ちゃん、ちょっといいかな」

『ふぁーい、どうしたの?』

「あのね、及川君の好きな食べ物って何?」

こう言った類で私の名前が呼ばれるのは少なくない。別に特別不快とも思わないので、嘘なく事実だけを伝えると、彼女は嬉しそうに去っていった。恋する乙女、うんいいねぇ。

私はズボラな乙女だ。果たして乙女と言っていいのだろうか。性別は歴とした女だが、男に生まれてこれば良かったと思うこともしばしばある。

女はいろいろ大変だ。恋に人間関係に、オシャレに。私も疎いわけではないけど、敏感なわけでもない。
恋はあまりしてこなかったが、人間関係もそこそこうまく土台が出来上がっているし、オシャレにはまずまず気を使っている。程よい清潔感を保ちつづけているというわけだ。

だから友達はいる方だし、今の関係にも満足している。


「ちょっと、名前!聞いてよ、岩ちゃんが〜」

今度私の名前を呼んだのは、紛れもない徹君だった。また岩泉君に迷惑をかけたのか。ほんと懲りないヤツだ。

『はいはい、徹君が悪い』

「酷!俺まだなんも言ってないんだけど!」

『岩泉君が理由もなしに怒るわけないでしょ。更年期じゃないんだから。』

「いや絶対理不尽でしょ!俺がカッコいいからって、ボールぶつける事ないじゃん」

ぶつぶつと文句をいう徹君の背後に回る。

『痛いの痛いの飛んでいけー!』

彼の後頭部を摩りながら、馴染み深い呪文を唱える。昔はこれが一番よく効くおまじないだった。

「わぁー、良くなった。ってそんな事あるわけないでしょ!」

『ありゃ、誤魔化せなかったか』

「頭ジンジンする。…くっそー僻みは醜いぞ岩ちゃんめ」

『岩泉君だって漢前で逞しい顔つきしてるんだけどね』

整っている顔だとは思う。私の嫌いな顔じゃない。むしろ好みのタイプに分類されるわけで。徹君はいままで近くにいすぎて、顔の評価の対象になったことがない。カッコいいかと問われればカッコいいんだろうけど、もはや顔別に分類する事ができず、綺麗系とか漢前系とかではなく、タイプ;徹君になってしまう。

「なにそれ、浮気!?」

『トオルクンモカッコイイヨー』

「棒読みやめて!妙に傷つくから!」

『正直、岩泉君は本当の意味でかっこいいと思う。彼女いないのかな〜』

本当に、岩泉君は良物件だと切実に思う。一途そうだし、なんだかんだで優しいし、熱い心を持っていそうだし。悪いところを探す方が難しいと思う。

「岩ちゃんに?いないでしょ」


徹君も自信ありげに岩泉君の彼女情報を晒してくる。こんなにもありありと暴露しても良かったのだろうか。

『本当?』

「………本当」

『よし』

これは私にも大きなチャンスだ!岩泉君狙ってみようかな…。って私にはそんなお色気スキルなど持ち合わせていなかった。だいたい、ちょっとやそっとの色気じゃ岩泉君が振り返ってくれるはずがない。そもそも私の目の前にいる大男がそれを許してくれなそうだ。なんて言ったってこの人岩泉君のこと大好きだもの。

「ねぇ、それなんのよし?」

『岩泉君に彼女いなくて良かったのよし』

「ダメ!絶対ダメだからね!」

『なんで徹君が決めるのさ!』

「……岩ちゃんは俺のだから」

『………徹君がそっちの趣味があったとは思わなかった。無理に聞いてごめんね』

「憐れみの目で見るのやめてほしいなぁ…。そういう意味で言ったんじゃなくてね」

徹君が本格的にショボンとしだした。からかい過ぎました。でも、大男なのに、私の一言で喜怒哀楽が出てくるのは嬉しい。

『あはは!ごめん!冗談だよ』
「冗談に聞こえなかったんだけど」

正直言うと冗談半分、本気半分だ。しかしここでそれを言うと徹君は更に厄介になりそうだから、言わないでおこう。

『そもそも私にモテる要素などありませんでした』
「お前、それ本気で言ってんの?」

『うん、割と本気。私を好きになる人なんて相当な物好きとみた』

今まで誰にも告白されたことがない。それはきっと私に魅力を感じる人が少ないからだ。女友達は沢山いるのに、男友達は本当いないんだよなぁ。

「…案外そうでもないんじゃない?」
『ん?』
「何でもないよバーカ!」

『え、理不尽!』

徹君は偶に理不尽に私を叱る。理不尽すぎもはや言葉が出てこない。
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