岩ちゃんの恋
理解しかねる。

「「きゃーっ及川くぅんっ!」」

なんて、女子達の黄色い声がする。確かに及川は顔だけは一流だからな。

「みんな〜。今日もありがとう」

(及川も満更じゃないらしく。黄色い声援に応えるため、手など振り返して…腹立つ。そして気が滅入る)

そんな中、

『岩泉くーん』

一人の女の子がそう叫んだ。まさに阪神ファンの中に巨人ファンが、みたいな状況だと思った。今の説明は少しわかりづらいだろか。ならば、真っ赤な魚の群れに一匹だけ黒い魚がいるような、そんな感じだ。


『岩泉君、数学の教科書貸してくれない?」
「…苗字、またか」

隣のクラスの苗字。何時からか分からないが、俺に付きまとってくる。いや、付きまとってくるといっては大げさか。つまり俺がいいたいのは、何故こいつは及川に見向きもしないかということだ。普通だったら及川にいくだろうが、この苗字は最初から及川なんて眼中にないようだった。

「悪りーけど、持ってない」
『そっかー』
「俺が貸そうかー?」

はい、名前ちゃん!及川が笑顔で辞書を差し出した。
所謂「イケメン」な及川の、この笑顔に女子は弱いんだ。普通なら面識無くても顔を赤くしたり、ドキリとして焦ったりするもんだ。

しかし、彼女は

『ありがとう!じゃあ借りていくね。』

照れることなく、自分もそれ相応の笑顔を残していく。

「岩ちゃんさ、相当あの子に好かれてるよね?なんかしたの?」
「まったくもって知らん」
「だよね〜この俺じゃなくて真っ先に岩ちゃんに行くあたり、おかしいとおもブフォ!痛いよ岩ちゃん!」

なんか調子に乗ってきたから、苛ついてつい手が出ちまった。

自分でいうのもなんだが、特別格好いい訳でも、及川の様に容姿が良く愛想が良いわけでもない。彼女に好かれる要素など、俺にはないはずなんだが。

「ほんとに何もやってない?何かさぁ…こう、雨の日に捨て犬拾ったーとかさ!」
「んな暇俺らにねーべや!あほ!」
「いで!でもさありきたりな少女漫画みたいだけど、女の子はそーゆーのにときめいたりするんだよ!」

及川は真剣にそう言うが、そんな記憶は全くない。身の覚えがないもんはない。しかし好かれて嫌な気分はしない。

「ちっさくて可愛いじゃん、名前ちゃん。なんか岩ちゃんの好きなタイプっぽい」
「……そうか?」

確かに同じ年には見えない位、彼女は小さい。(いや、俺らが只デカいだけで、彼女は世間一般でいえば普通なのかもしれない)

「俺だったら付き合っちゃうけど〜?」

あー勿体ないなぁ。及川はそんな事思っていない。只俺を、その気にさせようとしているだけだ。ったく、質の悪い。こんだけ長年一緒にいて気づかないと思ってんのか。その辺がバカたる所以だ。

「だったらアタックしてこいよ」
「え、本気で言ってんの?」

なんてアホづらかいて、馬鹿かと言いたくなる。


「岩ちゃんがいーなら、俺行っちゃうよ?」
「だからなんでわざわざ俺に聞いてくんだよ。別に告白された訳でもねーんだから勝手にしろ」

なんでこんな面倒ごとに巻き込まれてんだ、俺。ほんと及川といるとろくな目にあわねー。


「へぇ?名前ちゃんプリン好きなんだー」
『うん!』

次の日。例にもれず苗字が来た。大好きらしいプリンをほおばっている。そういや、意識して顔見たことなかったが、及川の言う通り確かに可愛い顔立ちをしているのかもしれない。


「じゃーさ、俺はどう?」
『ん?』
「この及川さんのことだよ!」

『えっと…、かっこいいと思うよ!』

彼女なりに答えを出そうとしたのだろう。少しあたふたした後、答えを見つけ出したようだ。

「じゃあ岩ちゃんはどう?」

「おい、…及川てめぇ」

こいつ、本当に余計なお世話すぎる。絶対面白がってんだろ。後で覚えてろよ…。

それにしてもあまりに単刀直入過ぎるだろうが。

俺も苗字も固まって、プリンを食べているスプーンを咥えたままギギギと壊れた機械の様に及川に顔を向けた。

『お、おいかわくん?ナニヲ言ってるの…かな?』

目に見えて動揺している。

「だってさ、岩ちゃんには悪いけど、どっちかって言ったら俺の方が話しやすくない?岩ちゃんなんて堅いしムサいしつまんないし〜」

おうおう言ってくれんじゃねーか。

『岩泉君の悪口言わないでよ〜』
「あは、悪口のつもりじゃなかったんだけどなぁ」

きっ、と睨まれ、及川は謝った。すると、次に彼女は可愛く微笑んで。

『でも、試合見に行って思ったんだ。及川君は岩泉君のことすごく信頼してるよね?』
「…そうだね。俺岩ちゃんいなかったらここにいないし、信頼してるよ」

なんだこの雰囲気。おい、やめろここは教室だ。しんみりする場じゃねぇんだよ。


『二人の信頼関係までとはいはないけど、私も岩泉君とそんな感じになれたらな…とは思うよ』

ん?待てよ。これ俺告られてんのか!?いや、まて早まるな。そうじゃないだろ。そんなはずはない。それは俺の考えすぎだ。

「ひゅうー、それってもう告白じゃないの?」
『…え?あ、あ、えっと、うわ!じゃ、じゃあそろそろいくね!』

分かんねぇ。分かんねぇ。なんで俺を好きになったのかまったくもって分かんねぇ。

だけど、一つだけ言えることは、心臓が柄にもなく騒がしいということだけだ。
次会うときどんな顔すればいんだよ…。この落ち着かない自分の感情に腹が立って、及川をどついたのは言うまでもない。

今まで意識していなかった苗字を、意識し始めてからが早かった。

自分を好いてくれていると分かっていたので、今度は俺から正式に想いを告げて、結ばれたのであった。


2019.8.22
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