恋愛ウイルス 中
入社から1年がたった今___。


「返事はすぐじゃなくてもいい。答えが出るまで…待つ」

返事に困っていた私に、宮地さんは優しくそう言ってくれた。すこし困ったように頬をかいて、笑っていた。彼は会社ではあまりケラケラ笑ったりしない。それは1年間一緒の部署で働いてみて分かったことだ。いつも真面目に仕事をしていて、上司からの信頼も厚かった。自分にも他人にも厳しい人だけど、決して間違ったことが言っていなかった。


そこが他の女子社員からの人気をさらに加速させている要因のひとつだ。クールでいい、なんて。今時の女の子の気持ちが理解できないわけではなかった。確かに宮地さんはとてもクールでかっこいい人だった。でも、私が知っている彼はすごく真っすぐで、時々見せる無邪気な笑みが可愛い人だった。

このまま時間をもらっていいのかな。取りあえず何か言わなきゃ。

『あの…』
「苗字は、年上は嫌いか?」

そのキレイな顔でしょげられるとこちらの胸がズキンと痛む。なんだかとても申し訳ない気持ちになる。

『いえ、そんなことないです…!』


本当は年上と付き合うなんて考えたこともなかった。私にはちょっとハードルが高いかなと考えてみたり。

でも…。

手元に置かれた氷の入ったグラスがカランと鳴った。お皿の上の海老は、半分しか手をつけていない。

『あのですね…』

常々、付き合うなら同い年の男の人がいいな、と漠然と思ってた。きっと価値観も距離感も合うと思ったからだ。でも、少なからず宮地さんには好印象を抱いていたし、仕事に対する姿勢も尊敬していた。宮地さんなら、いいのかもしれない。

「…」
『あの、ですね』

密かに憧れていた先輩からの告白。

「ん」

宮地さんの眼差しは、私をまっすぐに射止めていた。私の心を掴んで止まない真剣な瞳だった。

『……もう少し、時間をください』

私はその日、良いでも駄目でもない曖昧な回答をした。頭を整理する時間が欲しかった。その場の雰囲気に流されてはいけない。その真剣な気持ちに真正面から応えたいと思ったのだ。

食事が終わると、会計は宮地さんが全部支払ってくれた。私も支払うと言ったのに、俺が誘ったんだからと言って一銭も払わせてはくれなかった。

「もう遅くなったから送ってく」

急に話しかけたから驚いたのか、私はどもりながら顔を赤くした。

『い、いいえ、そんな悪いです!お会計もしてもらいましたし…。』
「ったく、ちったぁ甘えろ。手は出さねえよ」

こう言われては断れない。私は彼の言葉に素直に甘えることにした。灯りがぼんやり灯った駐車場につくと、見覚えのある車があった。まさかその車の持ち主が彼だったとは。

「なんだ?さっきからニヤニヤして」
『え、私そんなにニヤニヤしてますか?』
「してねえのか?」

指摘されて初めて気が付いた。そうだったらとても恥ずかしい。

『…前からずっとこの車の助手席に乗れたらなーって思ってたから、なんだか嬉しくって』
「俺の車がどれか知ってたのかよ」

職場の駐車場で見掛けたことくらいならあるんだろうけど、そんな人目を惹くような車でもないのになんでだろう。私はこの車に乗りたいと思っていた。車と言うよりも、潜在意識的に乗っている人に興味があったのだろうか。

『はい。あの、何回か会社の駐車場とか、あと、会社の近くの本屋さんでも見たことあって。なんとなく乗りたいなって思ってたんです。それにあの、宮地さんに似合ってるとも、思ってたし』
「…バッ、おま、そんな事言って…。」
『は、あの、すみません…』
「謝んな!……轢くぞ」

車の近くにいるとすごく信憑性があるんですけど。というかなんというか理不尽。轢くぞと言った宮地さんは、私がさっき食べた海老のように真っ赤な顔だった。照れ隠しだったようだ。

「ハァ、んな事言われると余計離したくなくなるんだけど…」

一度も顔を上げず、視線さえも上げずにいると、そう言われて戸惑う。ちらりと見上げると、一見して整った顔立ちと分かる彼は、何か恥ずかしい事を口走った少女のように、口元に手の平をあてがって、思い切り視線をズラしているのが分かった。

私にも彼の恥ずかしさが伝染して、同じように視線を逸らした。

『もっと、宮地さんと一緒にいたい…です』
「………!んな期待させるような事言うなよ」
『期待、してくらさい…』

あの時は混乱していて何を血迷ったのか分からないけど曖昧な返事をしてしまった。時間が欲しいなんていったけど、本当は返事なんてとっくに決まっていた。

明るい茶色を帯びた瞳は、強く真っ直ぐにこちらへ向けられている。

『私、宮地さんが欲しいんれす…』
「もうどうなっても知らねえぞ?」


ってかあれ?なんか視界がぼやけてくる。
でもはっきり覚えているのは私が最後に言った言葉。


……貴方にだったらなにをされてもいいんです。

その後の記憶は曖昧だ。普段滅多に飲まないお酒を飲んだのがいけなかったのだろう。

『んっ、…』

気づいた時には朝になっていて、見慣れないベッドで目が覚めた私の横には、こちらをじっと見つめている宮地さんの姿が。

もしかして、もしかしなくても私はやってしまったのでは…?

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