ファン1号
入部してから3日が経ち、今日も無事に練習が終わった。
練習が終わってもなおゼェハァと荒い呼吸をしている選手を見て、相当辛い練習をしているのだと感じる。北一の名前も伊達ではない。
帰りの支度をして、外に出ると急に来る寒さに身震いをした。夜闇の空気は思ったよりも冷え込んでいて、さっと冷たい風が私の頬をなでた。
あ、そういえば教室に忘れ物をしたんだった。私は学校が閉まってしまう前にと、走って教室に向かう。幸いまだ玄関は閉じていなくて、案外すんなりと忘れ物を発見し、再び帰路に着こうとしたその時だった。冷たい風に乗って、何かが弾む音が一緒に聞こえた。
きょろきょろと見回すと、さっきまでいた体育館には明かりが灯っていた。
(もしや、幽霊……?)
一瞬だけ恐怖に腰が竦すくんでしまいそうになったけれど、ありったけの勇気を振り絞ってそちらに向かってみることにした。
そして体育館に着くと丁度ドンッドンドンッと、ボールが一定のリズムを刻む音が聞こえた。そこには、一人黙々と練習している及川君の姿があった。近づけば近づくほどその音は鮮明になってきて、付け加えて彼が出しているであろう短い小さな呼吸音も一緒になって鼓膜を揺さぶった。
そこに着いてから真剣な眼差しでボールを目で追う彼の横顔をずっと見ていた。
ひんやりとした外の空気の中でも、彼の額には汗が滲んでいて、そのまま時間が経過しても彼の手が止まることはなかった。
そうだ、彼は天才ではない。根っからの努力家だ。
私は及川君が練習している姿を脳裏に焼き付けた。
「名前ちゃん。いつまで見てるの?」
短く軽くボールをトスした時、私の方へとボールが飛んできた。それは柔らかくて、私でも取れそうなボールだった。
『えっ』
「あれ?気づいてないと思った?」
あまりにも集中していたから正直言って気づかれているとは思わなかった。
『ご、ごめんなさい』
「いや、謝らないでよ。あ、直ぐ帰る支度するからここで待ってて?」
慌てて謝罪を告げると、彼は急いでTシャツの袖で額から噴き出す汗を拭っていた。
『うん』
「すぐ、本当すぐだから!」
体育館に響き渡る声で言いながら更衣室に向かって行った。まだ一年生なのにこんな時間まで自主練習してるんだ、及川君は。
「お待たせー、それじゃあ行こう?」
急に話を振られて、私はキョトンと彼を見つめると、彼は少し息を切らせたまま私を見ていた。
これって一緒に帰るって事…なのかな?
「もう遅いし、送って行くよ」
『そんな、いいよ!私の家遠くて、そこのコンビニに迎え呼ぶから』
「んー、じゃあコンビニまで送らせて?」
どこまでいい人なんだろう。お言葉に甘えてコンビニまで送ってもらう事にして、私たちは体育館の鍵をしめてから学校を出た。
『及川君はどうしてこんな時間まで体育館に?』
「ここだけの話なんだけど、早くレギュラーになれるように猛特訓中なんだ」
『そうなんだ、凄い!…えっと、その、上手く言えないけど!』
「ど、どうしたの?落ち着いて。」
『ファン1号になっていい…、かな?』
「ファン1号?」
何も考えずに発言してしまった。
『ううん、何でもないよ!急にごめんね。』
そう諦めるように私が視線を下に落とすと、高い位置から送られる彼の視線はそのまま何も言わなかった。私が一人言い切るとどこか置いていかれたような顔をしている彼が私の顔をじっと見ていた。
「ファン1号が名前ちゃんだなんて、嬉しいなぁ」
その言葉を聞いて、嬉しいのはこっちの方だと言ってしまいたくまった。彼の希望を与えてくれるようなバレーを見て、いても立ってもいられなくなって思わず言ってしまったけど、私は無事にファン1号になれたみたい。