冗談返し
暑さはまだ目立たない4月下旬。宮城の桜もいよいよ散りゆく季節。
そんな中、教室では一人一人が六月の目標を立てていた。部活に時間をかけるとはいっても中身はまだ中学生である。普段の生活も大事になってくる。
「及川の事見過ぎ」
『見てない見てない!』
「ふーーん……」
『えぇ、何その目!』
及川君の席は、私の席から見て斜め前の斜め前だから自然と視界に入ってしまうのだ。でも、そう言われてみれば及川君の事を見過ぎていたかもしれない。
自分でもこの頃の及川君に対する自分の態度が可笑しい事に気づいている。及川君と目が合うと嬉しいし、彼が近くにいると心臓が破裂しそうになるし。これは恋と言ってもいいものなのか。単なる憧れにしかすぎないのか。
最近は専らこの事ばかりで悩んでいる。こうウダウダ考えている間はねちっこい恋愛と言われても仕方がないことだ。
彼の優しさに触れる度、想いは募るばかりで減ってはくれない。どう足掻いても私が彼のことを考えない日はなくて…。なんだか思考がようやく乙女になってきた気がする。
「………ちゃん、名前ちゃん!」
『え、ええ!及川君!』
「今意識飛んでたよ。どこ行っていたの?」
いつの間にか目の前にいた及川君は、笑うのを必死に堪えている。そんなに考え事をしている時の私は可笑しかっただろうか。あるいは相当ひどい顔をしていたのか。
『ううん、なんでもないよ!それよりどうしたの?』
「そうそう、今日の部活はトレーニングだけだってさ」
『分かった。皆に伝えておくね』
私と及川君の共通の話題と言ったらやっぱり部活の事で、それ以外の会話はあまりしたことがない。きっと私がバレー部のマネージャーになっていなかったら彼とはなんの接点もないまま、会話すらしなかっただろう。
「ねぇ名前ちゃん、そのまま目瞑って」
『………?うん』
言われるがままに目を瞑ると、目付近に指の感触がして思わず目を開けそうになった。
「うん、オッケー!ここにまつ毛ついてたよ」
『本当だ!ありがとう』
「どういたしましてー」
目を開けて見てみると、及川君の大きな手には私のまつ毛あった。今の瞬間だけ私と交代したかった女子は沢山いただろう。なんて言ったって及川君。何故こんなにも優しくてカッコイイのか…。
「名前ちゃんって結構まつ毛長いんだねー」
『そう、かな?』
「うんうん。しかも名前ちゃんがあまりにも無防備だからちゅーしちゃいそうになったよ」
何を!?突拍子もない言葉にあんぐりと口を開いた。及川君にしては全くタチの悪い冗談だ。冗談には冗談返し!
『そのまましてくれても良かったのにー』
……なーんて。
冗談なんだけど、分かってくれたかな?
私が再び彼の方を向くと、彼は手で口元を覆っていた。心なしか、僅かに見えた耳が赤かったような気がする。もしかして、本気に受け取られてしまっただろうか。だとしたら私はものすごく恥ずかしい発言をしてしまったかもしれない。