差し入れ


球技大会が終わって、次の大きな行事が最後の総体となった。長年王者として君臨し続ける白鳥沢中等部は、今年も凜然として優勝候補だ。

中でも今年の新入部員である牛島という選手が群を抜いて上手らしい。中学校1年生とは思えぬパワーで、3年生を差し置いてスタメンとして選ばれたという情報がはいってきた。

そんな怪物のような牛島君要する白鳥沢と当たるのは決勝になるだろう。

だけど負けていられない。全中を目指す北一だって負けていないはずだ。メンバーは悪くない。牛島君とはどういう力量か分からないけど、徹君だって、この調子でいけば試合に出るはずだ。

『徹君、練習しすぎじゃない?』
「そうかな、まだまだ足りないくらい、だと思うっ、よ!」

練習が終わりになっても自主練をしている徹君。ただでさえ普通の練習メニューがきついのに、さらに自分で自分を追い込もうとしてる。

『休む時休まないと後で辛くなっちゃうってば!』

自分の練習を気の向くままにできるんだったら嬉しい。だけど、体は1つしかないし、その1つの体を壊してしまったら何もすることができない。だからこそ自分の体を大切にしてもらいたい。

「…俺、負けたくないんだよ。誰にも」

ボールをギュッと両手で握りながら、ボールにおでこをつける。その言葉の重みが、私の想像しているものとは違うんだろう。徹君の気持ちを分かることができない事が悔しい。

『自主練やめてっては言わないよ。……だけどさ、大切にしてもらいたいの。徹君は1人しかいないし、徹君の力を必要としてる人いっぱいいるんだよ。』

私の言葉が彼の心に突き刺さるのかは分からないけど、言葉で気持ちを伝えようとする。

「分かったよ。…じゃああと少しだけやっていくね。」
『うん、無理しないで』
「名前ちゃん、先に帰ってて」
『ううん、徹君監視してる』
「監視って、俺悪いことしたみたいじゃん!」

徹君はいつもの調子に戻った。さっきは張り詰めた空気で練習をして、体も強張っていたから、心配で気が気でなかった。

『頑張りすぎの罪で逮捕します』

と冗談めいた言い方をすると、徹君は笑った。

「罰はなんですか」
『罰は、えーっと…、肩もみの刑!』
「それ罰じゃないじゃん!寧ろ天国なんだけど!」
『見かけたら即刻逮捕です』
「俺、もっとやろうかな…」
『それじゃあ意味がないじゃない!』

もちろん冗談だってわかってるけど、徹君がノリにのってくれるからついつい話しを続けてしまう。と、そうだそうだ。渡したいものがあったんだった。

『あと、ファン1号から差し入れです』
「え、何これ?」

今までの隠し持っていた袋を前に差し出す。徹君はその袋を見て唖然としている。


『タオルだよ。試合で使ってくれると嬉しいんだけど……。』

ファン1号としての初めての差し入れだ。頑張り屋さんの徹君へ、些細なプレゼント。徹君は沢山タオルを持っているかもしれないけど、私の気持ちのこもったタオルを使って欲しいと思う。


「使う!絶対使う!…ありがとう」

目を輝かせて、タオルを受け取ってくれた。心底嬉しそうにタオルを握る徹君を見て、渡してよかったなって思った。

『頑張ってね。徹君ならできるよ』
「うん、頑張る。名前ちゃんは観客席で見るんだよね」

公式的な試合ではマネージャーは1人しかベンチに入ることができない。メンバーに入ることができなかった選手と一緒に、観客席での応援になる。

『どこからでもファン1号は徹君を応援してます!』

敬礼と一緒に徹君をまっすぐ見る。徹君は、ははっ、と顔をくしゃっとさせて笑った。

「なんだか、やる気でた。よおーし、頑張るぞー!」

彼は意気揚々に両拳を天井に突き上げた。徹君は上手い。だけどその強さが何処まで通用するかは分からない。3年生には3年生なりの経験値と気持ちがあり、2年生には2年生なりの努力がある。まだ1年生の、部活を始めて間もない彼の力はきっと成長する度に脅威になる。その時、どれくらいの人が彼に魅了されるんだろう。

ファン1号という座を誰にも譲りたくない。ずっとずっと、ずっと彼の側で応援していたいのです。

***

夏の総体が幕を閉じた。結果は2位だった。優勝候補とされていた白鳥沢中等部が、多くの人々の予想通り優勝した。3年生の先輩方はこれで引退だ。

そして負けた瞬間徹君は唇を噛み締め、私のあげたタオルをクシャクシャに握りしめていた。無性に泣きたくなった1年の夏。敗北という言葉がのしかかった。


負けがバネになる。それを痛感した季節だった。