好きなところ


今日は久々に部活がない日。そんな休息日でも、私は体育館に来ていた。皆が頑張っているんだから、私だって頑張らないといけない。些細なことでもいいから、気持ち良くプレーをしてもらえるように色々な配慮をする。

先ずは体育館全体にモップをかける。こんな時でしか伸び伸びとモップがけが出来ないから、いつもより念入りに。そしてそれからボールを磨き上げる。普段、滅多にボールを磨く事はない。空気入れは、空気が入っていないボールを見つけたら、順次やっている。しかし、今回はあらかじめボールを見つけて空気入れをする。

私がもし選手で、練習の時に全然空気が入っていないボールを掴んでしまったら、気が滅入ってしまう。せっかくのやる気が少し削がれてしまうかもしれない。

さっき思ったんだけど、驚くほどに体育館には誰も来ない。さっきから人一人見ていない。この体育館はバレー部だけが使うものじゃないから、誰かがいてもおかしくないはずなのに、今日は閑散としている。きっと他の部活の休息日とも被ったのだろう。


「…名前ちゃん?」

と思っていたそばから何処からともなく小さな呟きが聞こえてきた。振り向くと、エナメルバックを持って帰る準備が完了している徹君がいた。彼の表情には驚きの色が見える。

『あれ…徹君、どうしたの?今日は部活休みだよね?』
「俺は、まぁ…忘れ物を取りにきたってトコかな〜。名前ちゃんこそ何やってるの?」
『今日は部活休みだし、ボール磨いて、空気入れておこうと思って。皆が使うとき綺麗な方が気持ちいいと思うし、それにちょっと時間があったから。』

言いながら一つのボールを磨いていく。あんまり磨きすぎても使いづらくなるだろうから、ある程度磨いていく。このボールはもういいかな…。とボールにばかり目線がいっていると、及川君が隣にいたことに気がつかなかった。思わず声を出しそうになったけど、なんとか我慢をした。さっきまで入り口にいたよね…!びっくりしたぁー!

「そっかー!いつもありがとね!」
『これもマネージャーの仕事ですから!』

終始和やかな感じで会話ができていたと思う。どうも徹君が近くにいると心臓の動きが忙しない。この感情を抑える術は全くない。好きなものは好きなのだ。

彼が近くにいるだけで感情が高ぶってしまう自分が情けない。勉強に影響しないといいんだけど……。それに1人の選手だけを贔屓するマネージャーなんて最低だ。恋は盲目なんて状態には絶対なりたくない。


「あ、及川君いたー!」

すると体育館に似つかわしくない甲高い声が聞こえた。どうも媚びているようなそんな声だ。声の主を見ると、あらかじめ想定していたように、少し派手な雰囲気の女の子がいた。確か隣のクラスの女の子だ。


「ねぇ、そろそろ帰ろうよー」

この子は及川君の知り合いであることは間違いはない。でも、どういう関係なのかはサッパリ分からない。この歳だし、彼女くらいいてもおかしくないし、寧ろこんないい人を放っておかないだろう。いつか徹君にも彼女ができるんだろうか。もし彼女ができたのなら、私はさっぱり身を引かなければならない。

「…えっと、ごめん。俺今日はこの子と帰る約束をしてたんだった。」
『…、え?』

確かそんな約束してないけど、及川君の目が助けを求めている。どうやらこの女生徒とは何もないらしい。どこかホッとした自分がいた。

「それって本当なの?」

すると、女生徒の視線が私を向いたのに伴って、とても視線が鋭くなる。こ、怖い…。なんでそんなに睨むんですか!

『うん。そうなの…!』

ここで引き下がっちゃいけないと思って、及川君を助ける気持ちで返事をした。

「それなら最初に言ってよ〜、じゃ今度の休みの日一緒に帰ろう。ね、いいでしょ」

なんとも積極的な女の子は、諦める様子を見せない。このくらい積極的だったら、私と徹君の関係は違っているんだろうか。

「…あ、休みは名前ちゃんと一緒に帰ってるんだよね」
『うん』

ここで余計な言葉を言ってしまえば事態を悪化させるだけだ。彼女の神経を逆なでしてしまわないように、できるだけ簡素な言葉を選択する。徹君も穏便に済ませたいはずだ。

「えぇ〜、なにそれー。じゃあ帰るわ」

すると、どこか諦めた表情になった女生徒は、ため息一つついて体育館を出ていった。私も小さくため息をついた。


「ふぅ〜、名前ちゃんありがと。助かった」
『いいよいいよ。徹君も大変だね』
「うん、偶にいるんだよね…あぁいう子。」
『本当お疲れ様〜』

相変わらずの徹君のモテモテ度には目を見張るものがある。いつも女の子には優しいけど
過度な接触は嫌っている。いつだって節度をもって接している。

「あ、あのさ、さっきああ言っちゃったし、本当一緒に帰らない?」

そういえばそうだ。徹君はさっきの子にあぁ言っちゃったわけだから、有言実行をしないと嘘つき呼ばわりされてしまうかもしれない。なんて幸運なんだろう。休みの日に、あの徹君と一緒に帰ることができるなんて。

『私と一緒で、いいの?』
「いいもなにも、俺が名前ちゃんと一緒に帰りたいから」

いつだって彼は嬉しい言葉を言ってくれる。

『徹君と一緒に、…帰りたいです』

断る理由がない。寧ろずっと願っていた事だった。徹君は私の言葉に反応して、好奇に満ちた顔をしていた。


「よーし、俺も手伝うから早く一緒に帰ろう!」
『うん、ありがとう!』

想像もしていなかった。彼と一緒に帰るなんて。
部活終わり、たまに帰り道を同じくすることはあったが、休みの日に肩を並べて帰る日が来るとは想像もしていなかった。

どうしようもなく好きという感情が、どんどん募っていく。

さりげない優しさも、たまに見せる無邪気な表情も、バレーに対する真摯な態度も、全部好きだ。