愛しの視線


3年生が引退した。今年も白鳥沢中等部には勝てなくて、悔しみの涙を流した。牛島君が更にパワーアップしていた。誰から見ても分かるその圧倒的な力は、会場の視線を総ナメにした。来年はもっと怪物になると言われていた。

もう負けたくないと徹君はいつも以上に練習に励むようになった。それも主将という肩書きを抱えて。いつも以上に自由がきかない立場に立たされている。チームになにかあったら真っ先に怒られるのは主将。常に先を見て行動しなければならないのも主将。ほとんどの責任が主将にかかっている。その重責に耐えることができない人は、精神を壊していく。みんなが相当信頼しているから彼が主将になったのだ。これから1年。彼はどんな風に過ごしていくんだろうか。


さて、そんな重い話はさておき、もうそろそろで文化祭だ。我が中学校で10月に行われる文化祭は、わりと盛大に行われる。

生徒が一丸となって楽しむ行事、誰もが楽しみにしている行事でもある。

私も楽しみな人の1人だ。準備は部活で中々参加できないけど、当日が楽しみだ。クラスごとに行われる出し物は、皆が必死に考え出してやるものだ。学年が上がるごとにクオリティが高くなっていく。高校生になったらもっと盛大にやるんだろうけど、中学校は今しかない。何度も言うが楽しみである。


『徹君のクラスは何やるの?』

部活の前にふと気になった疑問を投げかけてみた。

「俺のクラスは確か、……あ、そうだ、縁日だったかな。」
『縁日……!ヨーヨー掬いとか輪投げとかだよね!』
「そうそう、岩ちゃんのクラスはお化け屋敷だって〜」

これは何と驚きだ。今年は、1年生で2クラス、2年生で1クラス、3年生で1クラスお化け屋敷があるらしい。これは学校がお化けの巣窟になり兼ねない。なんとも恐ろしい文化祭になりそうだ。

「名前ちゃんのクラスはなにするの?」
『私たちのクラスはフリーマーケットだよ』

そもそも私たちの中学は、クラス同士で競うのではなく、校内で絆を深めようという名目の元行われるのが文化祭だ。だからクラスが敵だとかそういう雰囲気は全くない。
だから今回のフリーマーケットには他のクラスからも品を募集したいと思う。

「わぉ、いいね。俺も使わなかったもの持ってきていいかな」
『ほんと?ありがとう!』
「みんなにも声かけておこうか?」
『ありがとー、助かる』

文化祭、楽しみだなぁ。学年では有志を募集して、劇をするメンバーを決めるらしい。劇に出たい人は毎年ほぼ決まっているから、人数不足に悩まされるということはまずないだろう。

「及川」
「…出た!お化け!」
「誰がお化けだボゲェ!」
「いだ!」

いつものように攻撃を喰らう徹君。もはや回避したいという思いは見られないから、きっと攻撃されるのを待っているんだろう。

「お前今日練習メニュー聞きにいったか?」
「ゲ、忘れてた。そう言えば昼、監督いなかったからそのまますっかり忘れてた」
『あ、私聞いたよ!練習メニュー!』

そう言えば、と思い出して徹君に紙を渡す。

『今日は職員会議があるから遅れて来るって』
「苗字の方がちゃんとしててどうすんだ!お前主将だろ!」
「しょうがないでしょ!監督いなかったんだから!あと名前ちゃん本当にありがとう!」
『いいよいいよ!偶然監督に会っただけだから!あ、そうだ!今日はゆんちゃんお家の事情でお休みだって』
「オッケー。じゃ、練習始めよっか」

すでに主将らしさを醸し出している徹君は、パンっと体育館中に響き渡るように手を叩いて、場を制する。いきなりの音にビクついた部員が何人かいた。

『頑張って』
「うん、頑張る」

徹君と言葉を交える。そして次々に徹君の後ろに並ぶ部員たち。徹君の横には岩泉君がいて、2列で並んでいる。 部活の始まりはいつだってランニングからだ。

その間に準備する事が山ほどある。後輩のマネージャーと一緒に支度を始める。

「名前先輩ってぇ、及川先輩と付き合ってるんですか?」
『え?ううん、付き合ってないよ』

なんの脈絡もない質問に戸惑ったが、質問を理解してすぐさま返事を返す。

「えぇ、あんなに仲いいのにですか?」
『徹君優しいから、私に声かけてくれてるんだよ』
「最初、及川先輩狙ってたんですけど、名前先輩と仲良い姿みてさっぱり諦めちゃいました」

なんて部活中なのにカミングアウトするものだから驚いてしまった。付き合っているように見えるのだろうか。

『またまた〜、徹君が私のこと好きになってくれるわけないじゃない。』
「脈ありますって絶対!」


私からしてみれば、徹君は誰にだって態度を変えない。それは私に対してもだ。

『私より梅ちゃんの方がずっと魅力的だよ』
「えぇ、先輩に言われたくないですぅ!」

そんなに仲良く見えるのかな、私たち。その事実だけで心が躍る。なんて単純なやつなんだろう。私ってば、徹君にお願い事をされたらきっと断れなそう。

「先輩は嫌いなんですか、及川先輩のこと」

多分何気ない質問だったと思う。だけど、その質問に答えるのは憚られた。いつかこの気持ちが徹君にばれてしまったら、今みたいな関係を続けるのは難しくなるだろう。同じバレー部なんだから気まずい雰囲気を作るのは避けたい。

『私は、みんなの事が好きだよ』

なんて逃げるみたいな答え。もちろんこんな答えで納得してくれる後輩ではないことくらいわかってる。

『だけど、徹君の事は特別な人だって思ってる』

私にとっては大切な人。真っ直ぐな道を歩ませてくれる不思議な力をもった人。そんな徹君が眩しい。私なんかとは釣り合わない。自分の価値は自分で分かっているつもりだ。

『私には勿体無いくらい素敵な人だよ』

ストレッチをしている徹君の後ろ姿を見ながら、目を細めた。今日も彼は輝いてる。

(名前先輩、よっぽど及川先輩のこと好きなんだな)
(てか、絶対両想いでしょ!)