無意識の衝動
待ち遠しかった文化祭がやってきた。
今日はパーっと盛り上がる日。
微力ながら私もクラスのお手伝いをさせてもらった。
呼びかけたおかげで、学年を問わず品が集まった。
売らなければいけないのに、その場で私の欲しいものがあったから思わず買いそうになった。危ない危ない。中にはこんな物売っていいのだろうかという品や、反対に売れるのだろうかと心配になる品もあった。
とにかくそれぞれに値段をつけて、売る準備は万端だ。
私には今日楽しみな事がある。それは徹君と一緒に学校内をまわることだ。
1週間ほど前、一緒にまわらない?と徹君が誘ってくれたのだ。
その時の私といったら嬉しさのあまり声が出なくなったけど、全力で頷いた。幸いシフトの時間が被ったため、今日の午後から一緒に行動するつもりだ。
それまではしっかりクラスに貢献しようと思う。クラスで出た収益は今後の学校の運営費などに回されるらしい。
気合を入れて接客をしていると、あっという間に時間は近づいてきた。ちょうど終わりの時間だったため、抜け出して、待ち合わせ場所に向かう。
徹君、誰かにつかまってないといいなぁ。そんな思いも虚しく、5分過ぎても彼はやってこない。やはり、女の子に囲まれているんだろうか、と落胆していると
「お待たせ〜。丁度俺が抜ける時に人がいっぱい来て、ちょっと手伝ってた〜」
丁度徹君がやってきた。待ってましたと言わんばかりにそちらを向くと、制服の袖を捲くっている徹君が手を振りながらやってきた。
『大変だったね、お疲れ様ー。』
ふぅ、とため息をついてから、ニコリと笑っている。その時私は違和感を感じた。ほんの些細な違和感。
「じゃ、行こっか」
『…ちょっと待って』
「ん?どうしたの?」
『徹君、…熱ない?』
「………!」
『ごめん、勘違いだったらいいんだけど』
私は手を彼のおでこに伸ばして、触れる。すると、ほんのり熱いような気がする。念のため私のおでこと比べると、やはり熱い。
『やっぱり熱い…。気持ち悪くない?』
「…そういえばボーッとするような」
彼は自分に無頓着だ。体のことを気にしなさすぎる。
「でも、だいじょーぶ!これくらい…」
『徹君の大丈夫は大丈夫じゃない。ちょっとでもいいから休もう?まだ時間あるし。』
「うん…」
『良くなったらさ、一番最初に岩泉君のお化け屋敷行こ。そのあとゆんちゃんのクラス行ってさ』
「うん、ありがとう」
いつになく弱々しい徹君を見て、守らなきゃって思った。元気な彼がみたい。最近は主将になった重責からか表情がかたい。みんなが元気な徹君を待ってる。
ちょうどこの文化祭が終われば、テスト期間にはいる。丁度いい機会だ、勉強しつつゆっくり休息をとってほしい。
彼は自分で抱え込むタイプだ。周りの人達には笑顔で、自分は大丈夫だというアピールをするが、ずっと見てきた私にとってはそれは我慢に過ぎないという事を分かっている。岩泉君もきっと徹君の事を理解してる。何より徹君と一緒に過ごしてる。私はその時間には敵わない。きっとこれからも敵わないんだろう。
岩泉君は徹君の気持ちを十分に理解してる。だから私は彼の体調を知っておいてあげよう。
私に出来ることなんてこれくらいしかないから。私は自分の持っているタオルをリュックから取り出し、水道で濡らす。
私たちは校舎を背もたれにして、二人で横に並んで座って居た。しばらくこのままでいたいのはどちらも同じらしい。確か、去年の球技大会の時にもこんな事があったような気がする。
でも、徹君は少し気だるそうに空を見ていた。相当気分が悪そうだ。
『徹君、気分悪かったら寄り掛かって寝て良いからね?』
「うん」
戸惑うかと思いきや、あっさりと短く返事をすると素直に私の右肩に頭を乗せた。覗き見れば、ちょっと蒼い顔をして目を瞑っている。気分が悪いとこは誰かに甘えたくなるのは当然の事だと思う。今は誰かに寄りかかっていたいくらい辛いらしい。
肌が仄かに日に焼けているのに、蒼く見えるって相当だと思う。でも、間近で見る徹君の顔が整いすぎていて、心臓がバクバクする。音が溢れ出てしまいそうで、必死に落ち着こうとする。
そっと右手で明るい茶色の髪を撫でれば、微かに瞳を開けて軽く笑みを浮かべた。
「……俺、名前ちゃんに甘えっぱなしだと思う」
徹君は撫でられた頭を「もっと」と、強請ねだるように私に体重を掛けて押し付けた。その仕種しぐさに内心ドキリと胸が弾む。思わず可愛いと思ってしまった。ここまで弱った徹君を独占できている事に喜んでいる自分がいる。
『いっぱい甘えて良いよ。これって、一応ファンサービスになるんじゃない?』
「………」
私がふざけて言うと、徹君はそっと顔を上げて、間近にある私の顔を凝視した。撫でるのに気持ち良かった髪が、するりと手から離れていって、少し名残惜しい気持ちになる。もう少し撫でていたかった。そう思った。横を見れば、軽く鼻先がぶつかる数センチの所に徹君の顔があった。こんな至近距離、体験したことがない。こんなに近いなら心臓の音が聞こえてしまってもおかしくない。
『「……」』
世界が一瞬止まったかと思った。目の前には、私が映る瞳があって、すぐ近くで呼吸と体温が伝わってくる。
恥ずかしさを覚えて、視線を反らすように瞳が閉じ掛けたと同時に、柔らかいモノが唇を包んだ。一瞬の出来事は夢でも見てるのか、幻なんじゃないか、私が勝手に造り上げた妄想に徹君を捲き込んでないか、夢と現実の境目に戸惑った。今にも戸惑いのせいで体が壊れてしまいそうだ。
唇がカサカサしてないかな、とか可愛い色だったかなとかそんな事を考えている余裕は一切なかった。
でも、何度瞬きしても変わらない光景に現実だと感じさせられる。徹君の右手の熱さが、生々しく頬から伝わる。さっきは触れるだけだった柔らかいモノが、今度は私のモノを挟んで啄まれた。
――どう言うことだろう……?
バカな私は理解に苦しむ。こんなこと…、今までされたことがなかったから。
頭は混乱と同時に悦びを感じる。見開いていた目を硬く閉じれば、直接触れた部分が敏感に脳に刺激を伝えた。
今、触れている体温が好きだと思う。
今、触れている体温を独占したいと思う。
そして、自分の急な変化に戸惑う。
触れた部分から熱が離れていくと、合わさった視線を離さずに聞いた。
『これは、ファンサービス……?』
ただ、言葉にして後悔した。そして、気付いてしまった。
甘えて欲しいのは、徹君だけだ、と。
弱い部分を独占したい、と。
彼の特別になりたい、と。
ただの、ファンで居たくないと。
―だけど……徹君の一番は、私じゃない。一位になんてなれっこない。
あぁ、何で私は男の子じゃないんだろう、そうしたらもっと近い距離でいれるのに。そう、生まれて初めて思ったかも知れない。
声が掠れてしまった質問に、徹君はただ頬に当てたままの手で私の髪をかき揚げた。そして、髪の毛が滑り落ちるのを二人して黙ってみていた。
何か聞けるのかな……、淡い期待に視線を交じらせる。すると、
「俺…名前ちゃんが好きだよ」
世界の音が、動きが、すべてその言葉によって止まった。