ここから始まる


徹君が、私を好き…?何度心で反復しても理解しきれない言葉に、呼吸が少し荒くなる。

「あ、あああ、ごめんごめん、今の忘れて!ボーッとし過ぎて変なこと言っちゃった」

まだ体調は万全じゃないはずなのに、必死に弁解しようとする彼を見て、嘘じゃなかったんだと分かる。パッと出の言葉にしては真剣味がありすぎる。徹君は普段、冗談をよく言うけど、相手が本気で傷つくようなウソは言わない。少し弱っているから誰かに甘えたかったんだろう。だけどその言葉は嘘じゃない。何故かそれだけは分かった。


『…忘れたくない』
「え?」
『嬉しかったもん。そう言ってくれて。…私も同じ気持ちだから』

膝の上でギュッと拳を握る。ずっと伝えたかった想いが、今伝わっている。言葉を選んでいる余裕もなくて、ただ思ったことを素直に口にする。

『徹君が好き。……ずっとずっと好きだった。』

火照る体を制御できないまま、溜め込んでいた想いの丈を述べる。真っ直ぐ彼の元へ届くといいんだけど。

「ってことは、もしかして、もしかすると…両思いってこと?」

冷静に考えてみればそうだ。それを改めて言葉にすると余計恥ずかしくなる。きっと喜んでいいことなんだと思う。

『…うん』
「これは現実?」

『だといいなぁ』

あ、そうか。これは夢か…。どおりで現実味がないわけだ。頬をつねっても痛い。…ん、痛い?

『痛い…、夢じゃない?』
「名前ちゃん!」
『………えぅ!』

不意に体全体を使って抱きつかれて、体が硬直する。色気なんてものは2人の間には存在しなくて、ただ体を寄せ合って、互いの温度を確かめ合った。

「名前ちゃん、好き。」

すがりつくような圧迫感に、顔が赤面する。もはや執念さえ感じる抱擁に身動きが取れなくなる。

『徹君、ちょっと痛い』
「あ、ごめん!」

慌てて抱きしめる力は弱められたが、抱きしめる体制は変わらない。痛いとはいったものの、この感覚を忘れたくなかった。

『……いいよ、痛いくらいじゃないと実感湧かないから』

実際まだ現実的には感じない。徹君が私を好きだとは思えなくて。あの、有名でバレーが上手い徹君が、私なんか庶民を好きになる日がくるなんて。だから、今はそれが本当に起きていることだという証明が欲しくて、痛いほど抱きしめられるという事実が欲しかった。

「そんな事言ったら抱きつぶしちゃうかもしれない」
『それは嫌だなぁ。徹君と一緒にいられなくなっちゃうじゃない』
「あー、もう。本当、そういうとこ可愛い」

背中を優しく撫でられて、背中に電撃が走る。こそばゆい感覚に、ぎゅっと力が入る。

『……信じられない』
「…俺も実感湧かない。」

お互いにまだほわほわとした空気が纏ってる。どうやったら実感が湧くのかな。どうしたらこの収まりきらない感情を確かなものにできるんだろう。

「ねぇ、顔、見てもいい?」

普段の様子からでは考えられなくらい慎重な言葉に、ふと笑みがこぼれる。

『うん』

断る理由がない。私も慎重になって体を離していく。鏡を見なくても分かってる。きっと顔が真っ赤になっているだろう。視線をどこに向けたらいいか分からなくて、彷徨わせていたけど、一瞬だけ彼を見てみようと思って視線を向けてみると、彼は真っ直ぐ、真っ赤な顔をして私を見ていた。

「できれば、また、キス、したいんですけど…」

敬語を使う徹君が可愛くて、だけど言っている言葉が理解できなくて、困惑してしまった。

『キ、キキキ、ス?』

思いの外動揺する私にを見て余計緊張してきたのか、肩に置かれた徹君の手も震えている。
こういう時ってどうするんだった!?…えっと、目を瞑る?

スッと瞼を閉じると、大きく徹君が震えたのが分かった。同意の言葉は言っていないけど、そうだと受け取っているはずだ。いつ来るか分からない緊張と、いつまでこうしたらいいのか分からない不安でいっぱいだった。

それなのに、微かに感じる近づいてくる気配に、心臓が破裂しそうになっていた。

そして次の瞬間に感じる唇への柔らかい質量。

一瞬の出来事。

触れるだけの単純なキスだった。思ったよりも柔らかい唇。
唇は戸惑いながらも離れていく。

少しずつ目を開いてくと、顔を手で隠している徹君が見えた。
同時に私まで恥ずかしくなってきて、これまでは友達のような感覚だったから、急にこういう関係になって、どう接すればいいかわからなくなった。

初めてで分からないことだらけ。
付き合うってなんだろう。
キスってどうしたら上手くいくんだろう。
これからどうしていけばいいんだろう。

疑問に思うことばかりなのに、この先に不安なんてなくて、ただ徹君と一緒にいることができるという事実が胸の中に響いた。


その時、私はやっぱりこの人が好きなんだと実感した。

「今、すっごい幸せ」

きっと徹君も同じことを考えているのだと思うと、妙に胸が高鳴った。この胸の鼓動はいつになく早い。

『幸せすぎて、…胸が苦しいよ』

幸せすぎて痛い。こんな感覚を味わう日がくるとは思わなかった。

「そうだ、ちょっと遅くなったけどいうね」

一度深呼吸をしてから彼は私と向き合う。

「俺と付き合ってください」
『はい、喜んで』

忘れもしないこの日。私たちの未来が始まった。
寄り道だってすることもあったかもしれない、だけど私たちは私たちなりに真っ直ぐ進んでたんだ。