純情乙女の失恋
「名前、及川先生来たよー」
『はーい』
階下から聞こえてきた母の声に元気よく返す。ベッドから起きて、姿鏡を見て乱れた髪を直す。おお、これが恋する乙女がする行為か。自分で感心しながらクスリと笑った。
部屋で深呼吸をして息を整えてドアを押し開けた。玄関に向かえばいつも通りの徹先生の姿が。なんだか少し恥ずかしくて、でも会えたことが嬉しくてはにかんだ。
『今日もお願いします!』
「よーし、今日も頑張ろうねー」
大学生からしてみたら、私みたいな高校生は所詮お子様にしか見えないのだろう。だからきっと恋愛対象から外れているだろうし、高望みをしたって無駄なこと。
それでも好きなのはとことん好き。簡単に諦めることなんてできない。
部屋について暫く勉強して、ちょっとした休憩時間がやってきた。
『徹先生ってモテますよね』
徹先生と出会って数か月経った今だからこそ聞くことができる事だ。
先生の茶髪は適度にワックスで整えられていて清潔感が漂っている。彼の自由なカッコ良さがにじみ出ていて、きっと女の子は騒がずにはいられないと思う。
先生はそんな私の突然の発言を、変わらない笑顔で返事した。
「女の子は好きだよね、そういう話」
『どうしても気になっちゃうんですよね』
「うーん、モテる事に関しては否定できないかなぁ」
ちょっとイラっとした。でもやっぱりモテることには変わりないんだ。チクリと痛む胸のあたり。
『大学って合コンとかあるんですか?』
「たまーにあるけど、最近は行かないようにしてるんだ」
『そうなんですかぁ、え?なんでですか?』
まさか彼女ができたとか?そりゃ、いてもおかしくないか。こんなルックスだし、女の子に優しいし。この出来過ぎた人を放っておく方がおかしい。
「好きな子ができたんだ、俺」
『彼女じゃなく、ですか?』
「彼女は絶賛募集中。それは好きな子だったら尚更」
徹先生なら直ぐ彼女出来ちゃいそう。喉まででかかった言葉をなんとか抑える。
「でも、中々その子落ちてくれないんだよねぇ。どうしてだと思う?」
『そんな事聞かれましても…。あ、アピールが足りないんじゃないですか?』
何にいい子ぶってアドバイスなんかしてるんだろう。でも、綺麗事かもしれないけど、好きな人が幸せになってくれるんだったらそれ以上は何も望まない。
「そっか、頑張ってみるね」
私の頭を徹先生は割れ物でも扱うかのように優しく撫でた。胸がポカポカするのに、どうしてだかまた痛みが走る。優しさが痛いってこのことを言うのかもしれない。
自然にしていてもモテるような人が頑張ったらどうなるんだろう。胸に手を当てて首を傾げながら、問題集を倒すためにシャーペンを握り直した。
徹先生はさっき『好きな子がいる』って言っていた。私にはもう勝敗が決まっているに等しい。自覚した途端失恋ってキツイなー…。