水面下の微睡み
「今日はゆっくり休みなさいね」
『………うん』
「何か食べたいものはある?」
『…果物』
センターまで一ヶ月を切った時、体調を崩して発熱してしまった。もう少しでセンターなのに体調管理もできない自分が情けない。なんだか涙が出てきちゃった。センター前に情緒不安定。そう思っても涙は止まらずに頬を流れ続ける。
どうやって涙止めようかと考えていると、ふと徹先生の顔が頭を過よぎった。好きな人。報われない思い。恋って楽しいだけじゃないって聞いたことはあったけど、何も今どん底に突き落とさなくてもいいじゃないか。徹先生にとって私は、ただの生徒。好きな人は別にいる。『失恋』その二文字が胸に重くのしかかる。
知っていた。私じゃ徹先生に釣り合わないことなんて。ああ、負のスパイラル。この状態ではどんどんマイナスに考えてしまうとは分かっていても止められない。辛い、痛い、好き、でも報われない。でも人肌が恋しい。
『…会いたい、な』
涙を拭って、そろそろ本格的に寝ようかと考え始めると聞こえるノック音。
『は…ぁい、どうぞ』
お母さんだろうとたかをくくっていたから、入ってきたその人物を目にして凍ってしまった。
「名前ちゃん、大丈夫?」
『徹先生…?なんで』
「体調崩したって聞いて、お見舞いに来ちゃった」
徹先生は呆然とする私のベッドの近くまで来ると、床に腰を下ろした。私は同時に布団で顔を隠した。徹先生は私を見下ろして僅かに眉を寄せる。
「泣いたの?」
布団をそっと寄せ、するりと頬に大きな手が添えられる。目尻を親指でなぞられてドクリと大きく心臓が跳ねた。会いたいとは思ったけど、会いたくないというのも本音だった。会ってしまったらこの気持ちは枷を失う。今、私に優しくしないでほしかった。これ以上好きにさせてどうするつもりなんだろう。
目の前にある瞳に映る私は目が腫れてブサイクで、そんな私を見られたくなくてもう一度布団の中に潜ってしまった。不意に頭にあたりにポンポンという優しい振動が伝わった。
「受験前に体調を崩すってことはよくあることだよ」
徹先生は何も言わずに、ただ私を優しく撫でていた。そんなことされると、余計泣いてしまう。ポロポロと落ちる雫を止める術を私は持っていない。
徹先生、お願いだから優しくしないでください。
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ゆっくりと微睡まどろみが襲う。ゆらゆら揺れる思考の中で、最後に捉えたのは徹先生の低く優しい声だった。
「好きだよ……」