情けない俺を見ないでくれ

彼女は自分の教室の前の廊下で、今日も英田と笑いながら話している。

「名前」

最近めっきり彼女と話す機会がなくなった。それを悲しく思う俺がいた。だからだろうか、ほぼ無意識に彼女のいる方向へ向かったのは。

『京治君!』


彼女は動物に例えるなら犬だ。犬であったなら尻尾をブンブン振り回している様子が想像できる。そして、俺が見たかった飾らない笑顔を見た。…可愛い。


……可愛い?今、俺は可愛いと思った?
何考えてるんだ。今まで意識したことなかっただろ?

『どうしたの?』


名前を呼んでおいて一向に話し出さない俺をキョトンと見つめている。この表情も何十回も見てきたはずだが、俺は何故か新鮮な気持ちでその表情を眺めていた。

「ちょっとこっち。ごめん名前借りる」

英田には悪いが、彼女をこっちに呼ぶ。英田はなんとも言えない、少し羨ましさを混ぜた表情で俺を見た。どうだ、彼女はアナタより俺を優先するんだぞ。

しかし俺はただ英田から引き離したくて呼んだだけで、これといって話題もない。


『何ー?』

話題を探しているうちに彼女は目の前に来ていた。彼女は今俺しか見ていない。それだけでとても嬉しかった。

彼女が近くに来ると、彼女の右の方の髪がハネているのが分かった。これは紛れもない寝癖だ。

「ここ、寝癖」


半ば見せつけるように彼女の髪に触れる。英田、お前は彼女のそばにいていい存在じゃない。

『えぇ、本当に?うわぁ、気づかなかった。これで1日過ごしちゃった』

あぁ、やはり可愛い。久しぶりに見る彼女はまた前みたいに無邪気に笑った。まだ、この笑顔は俺にしかみせていないんだろう。大人びていて、背伸びした笑顔なんて似合わない。

『やっぱり、京治君なし生活は上手くいかないなぁ。って、これはあれだよ!京治君困らせようって言うんじゃなくて、…えっと、その、あれだよ、急に環境変わっちゃったからまだ慣れないだけだよ』

なんて必死に弁解する彼女すら愛しい。彼女にここまで言われて無言でいられるほど、男は廃れてない。

「俺も___。」

と言いかけた時。


「あっかあしー!今日もやるぞーーー!!!」

木兎さんの大声が聞こえる。そんなに大きな声を出さなくても聞こえるのに。恐らくそう言っても聞く耳を持たないだろう。なんてタイミングが悪いんだ。というかわざわざ2年生のクラス棟に来てまで叫ぶことではないだろう。本当に困った人だ。


俺と木兎さんは昼休みになると体育館に赴いて自主練をする仲になっていた。今日もそれのお誘いだろう。正直木兎さんのバレーは際限がないし、部活前だというのにへとへとになってしまうこともある。しかし、強くなるためにはこれくらいのメニューをこなさなければインターハイに出場することはできない。

「はい、分かりました。」
「遅れんなよーーー!!」

と一応返事をしておいて、再び彼女に向き直る。

『今の、京治君の先輩だよね』
「うん、うるさくてごめん」
『全然!元気な人だね』
「どこにそんな元気があるんだろうってくらい元気な人だよ。それと、さっきの話の続きなんだけど…。」

俺は、また前みたいな生活に戻ろうと言いたかった。

「苗字、そろそろ授業始まっちゃうよ」

また邪魔が入った。つくづくタイミングが悪い。今度はこちらを羨ましそうに見ていた英田だった。英田も英田で牽制しているのだろう。

いつの間にか近くに来ていた彼は、名前の腕を掴んでいるが、彼女がビクッとしたのには気づいていない。そして、顔を強張らせたことにも気づいていないんだろう。こんなことも見抜けない奴に彼女を渡せるはずがない。

『そうだね、行く』

彼女にこんな表情させるなんて、俺は絶対させないのに。

『京治君、後で話の続き教えて?』
「うん、あとで言う」

俺がここで元の生活に戻ろうと提案してどうするんだ。それでは彼女のためにならないと何度も自分に言い聞かせてきたじゃないか。

こんな情けない俺を見て彼女はどう思うのだろう。
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