新婚
現役バレーボール選手である佐久早は誰かの菌が自分に移るのを嫌う。それなのに名前には触れたくて仕方がない。
『聖臣ってば、そろそろ起きなきゃ』
呼びかけても起きない佐久早に、完全に抱きつかれている彼女は、身動きを取れずにいた。
昨日はまったりとした時間を過ごした。襲われることもなく、ただ睡眠を貪った。
しかし、このように何もない日ほど寝起きが悪くなる。
『起きてくれないと、朝ご飯準備できないよー』
「………」
『どうすれば起きるんだろう…』
彼女は真剣に困っている。ぜんぜん起きない…。困った困った。
彼女はその間にも何度か足掻いて、腕の中からの脱出を試みた。抜ければ抜けようとするほど腕の力が入る。
本当は起きているのでは?という疑念がでるほどだ。
『聖臣〜、起きないともうキスしない』
「………。」
『いってらっしゃいのちゅーもお帰りなさいのちゅーもしない!!』
きっぱりと言い切った。佐久早にとっての彼女とのキスがどんな意味を持つのか分からないが、彼女にとってキスが出来ないという事はきついものがある。だから冗談のつもりだった。
「……起きてるっつーの」
『やっと起きた〜。おはよう』
思ったよりも素直に起きてくれて、ひとまず安心した。しかし、この安心は一時的なものであったのだ。
『じゃあ、ご飯準備してくるね〜』
今度こそ腕の中から抜け出せると思い、力を入れたが、お腹あたりにある腕がそれを邪魔する。
『聖臣?』
「……、昨日してないだろ」
『ちょ、ちょっと待って』
「よく考えれば今週してない」
『うん、確かにそうだけど、一旦落ち着こう?』
彼女にとってこの流れは非常にまずい。幾ら新婚と言えど、一回の回数が非常に長く、ネチネチ攻める佐久早のを受けると、その日ないし次の日は動けなくなるのだ。
だからなんとか回避したい。次の日に休みの夜ならいいけど、朝嫌だ。
行為が嫌なんじゃない、時間帯が悪いのだ。
お腹あたりにあった手が、あらぬ方向へ進んでいく。
これでは朝ご飯どころか、昼も夜もまともに作れなくなってしまう。
『あー!そうだ!今週末試合なんでしょ?練習しなくていいの?』
「……、今日は休みって昨日も言った」
『…うぅ』
「黙ってやらせろ」
『…ご飯食べられないよ?』
「腹減ってない」
『今じゃなきゃ駄目?』
「お前、今日の夜は嫌って言うだろ」
彼女は一応気を遣ってくれていることに感動した。そして気を遣うなんて言葉を知っている佐久早に驚いた。
『…分かった、でも、何回もはやめてね。…動けなくなるまではしないで』
「…時と場合による」
『お願い』
綴るように頼むと、変なスイッチを押してしまったらしい。
「やっぱ無理そうだ」
その日、動けない彼女を看病することもせず、あざ笑っていた佐久早がいたという。
その後、スネた彼女が、いってらっしゃいのキスもおかえりのキスもしてくれなくなった。それに痺れを切らした佐久早が、ぎこちなく謝ったというエピソードがあったとかないとか。