及川徹の場合 3

飲み会当日。

そろそろ飲み会がお開きになるころだろう。乗ってきた車を降りて外で彼女を待つ。

その10分後、ぞろぞろと会社員らしき人物が店から出てきた。そして、最後のあたりでようやく彼女が出てきた。少し暗い表情をしているように見える。2週間ぶりくらいの彼女に少し緊張を覚える。

「名前」
『徹、…く』
「はいはい、早く帰ろうね」


名前は、いるはずのない俺に驚いていた。顔は真っ赤だから結構飲んだのかと思うのが普通だが、名前は尋常じゃないくらいお酒が飲めない。だからつきあいの席でも極力お酒を飲まないようにしている。酔うと泥酔しそうになるくらい体はふらふらになる。一杯でも危険だ。だからすぐお持ち帰りされるんじゃないか気が気ではなかった。こうして迎えに来たことはなかったが、今回ばかりは事情が事情だ。彼女に限ってないとは思うが、ヤケになって他の男と、と考えただけで鳥肌が立つ。無理もない、会うのは2週間ぶりだ。久しぶりに彼女の姿を見て酷く安心したのは事実だ。

「あの、どちら様ですか」

せっかく帰ろうと思ったのに邪魔が入った。誰だよ。相手は男で、彼女のすぐ後に出てきた。

「この子の彼氏だけど」
「…名前、あんたのことで泣いてましたけど。あんたには任せられません」

何様のつもりで呼び捨てしてんだよ。

「君は名前が酔いやすいこと知ってる?」
「知ってます。飲み会で俺に教えてくれました」
「…じゃあなんでそんなに飲ませたの。お持ち帰りでもするつもりだった?」
『…私が悪いの。飲んだら歯止めが効かなくて』

「お前は黙ってて」

彼女が奴の味方をしているようでとても気分が悪かった。確かに言い方がきつかったかもしれないが、この時の俺は全く冷静ではなかった。

「その言い方はないんじゃないですか」
「だいたいなんなの君は。彼氏気取り?」
『徹君…!』
「はい、あなたがいなかったら俺が彼女に告白しています。あなたより名前を幸せにする自信があります。」

彼女の瞳は虚ろながらも相手の男の方を見ている。その目が俺をむいていない事が無性にイラつく。

「その自信がどこから来るか分からないんだけど、今日は家に連れて帰るよ。名前、行くよ」

彼女の手を握る。優しさのかけらもない強引な行為に体をびくつかせていた。

「名前、大丈夫か?」

何、彼氏が彼女を連れて帰るだけなのに、なんで心配されなきゃいけないの。俺が悪者みたいじゃん。本当、なんなのこの男。名前はその男に向けて無理して笑った。

その表情を見たとき、俺は彼女に酷いことをしてしまったんじゃないかという気持ちがようやく沸いてきた。これまでこんな姿何度彼女に晒してしまったんだろうか。

言われたら絶対嬉しいだろう可愛いなんて一言も言ったことがない。好きだなんて簡単な言葉も言えずにいた。

可愛くない。
ノロマ。
役に立たない。
ドジ。
馬鹿。
タイプじゃない。

言葉で傷つけていたのかもしれない。言葉がなくても俺の気持ちを分かってくれていると思ってた。名前の心の変化にも気づいてあげられなかった。

別の女の子の所に行こうかなと言ったとき、彼女は本気で泣きそうな顔になっていた。いかないで、そばにいてよと俺の裾をギュッと握った。その行為が可愛くて、愛されてるんだなって分かった。


俺はなんで彼氏気取ってんだろう。たしかに、あいつの方が名前を幸せにしてあげられるかもしれない。だけど自ら身を引くことはしたくない。これまで傷つけた分愛してあげるんだ。

無言で俺の部屋に連れて行く。空気がとても重い。彼女がどんな表情をしているのか、見ることができなかった。歩いている間、心臓がキリキリと痛んだ。この握っている手を離したくないのに、無理やり連れてきてひどいことをしている気分になって、自己嫌悪に陥る。

「名前は俺よりあいつがいいの?」

名前は分からない。ただ名前を知ることも呼ぶことさえも嫌だ。名前を奪おうとしてる奴なんて、どこかに消えてしまえばいい。

『…今でも徹君が好きだよ。でも、ごめん…。今まで可愛いって言われたことも好きだって言われた事なかったから、少し揺らいじゃった。

本当に自分に自信がなかったから、ちょっと褒められたくらいで舞い上がっちゃうほど嬉しいの…。

ごめん、…。…最低だよ、私。徹君の隣にいる資格ない…。』

次に来る言葉は嫌にでも想像できる。来ないと思ったその日が来てしまったのだ。

『徹君、私と別れてください』

ここで別れたら彼女はもう、俺のそばで笑ってくれないんだよ。
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