影山飛雄の場合
飛雄がバレーの練習から帰ってきてから、二人の時間が始まった。同棲しているわけではないが、最近は私が飛雄の部屋にきて、食事を作っていることが多い。
でも今日はそれをしなかった。
『飛雄、もう別れよっか』
突然告げた言葉に、彼は面白いくらいにぽかんとしている。
飛雄はバレーや食事以外のことに執着していないから、すんなり受け入れてくれるだろう。雰囲気を重くしたくなくて、できる限り明るく告げた。暗い別れなんて私たちらしくもない。
「別れる…?…は?」
まだ理解が追い付いていないらしい。その言葉の意味を一生懸命に考えているようで、無言になってひたすら考えている。
「俺、何かしたか」
ようやく聞けた言葉は、至極真っ当なものだった。理由も告げずに別れるなんてそれこそ最低な人間だ。
「俺にできることだったら直す、…から、別れるとか、言うな」
飛雄はバレーや食べること以外に執着する人間ではないと思っていた。多分私以外の人間の認識もそうに違いない。だからか、別れることに否定的な意見を持っているとは思いもしなかった。表情も声色も切ないもので、決心が鈍ってしまいそうになった。
『違うよ、嫌いになったわけじゃない。…ただ、きっとこれからバレー続けていくとしたら、私、飛雄の邪魔になっちゃうと思って』
徐々にではあるが、飛雄の認知度も上がってきており、将来日本代表になる日も近いと言われている。そうなる過程で私の存在はきっと邪魔になる。飛雄にとって私と一緒にいるメリットはないと言っても過言ではない。本当に、私の何がよくて付き合ってくれたのか全く分からない。
「邪魔?なんでそうなる」
『バレーの悩みとか聞いてあげられないし、スポーツ選手のサポートとか多分できない…。できる自信もないの』
「俺はお前にサポートしてもらいたくて一緒にいるんじゃねぇよ。」
『でも…』
「…そばにいるだけでいいから、……別れるのだけは…無理だ」
弱弱しい声で、私の袖をギュッと握ってくる飛雄が子供のようで、少し母性がくすぐられてしまったことは秘密だ。いつも堂々として自信満々の飛雄がこんなに弱った姿をあまり見たことがなかった。
『ほんとに、邪魔にならない?』
「ならない」
『飛雄が別れたいって思ったらいつでも言ってね』
「思わねぇ、一生」
すべての言葉に即答で返してくれる。こんなに思い詰める必要はどこにもなかったんだ。私はこれからも飛雄の傍にいてもいいんだ。弱気になっていた自分が嘘みたいに、気持ちが落ち着いていた。
『ごめん、急に別れるなんて言って。…ほんとは別れたくなかった。だから、これからもずっと一緒に居させて』
「…おう」
私はそばにいた飛雄の背中に手を回した。そして、目を瞑り、存在を確かめるように抱きしめる力を強める。
「あー、……クソ焦った」
『飛雄が好きなのってバレーだけだと思ってた』
「お前のことは…、ちゃんと好きだ。飯とバレーとお前のことしか考えてねぇ」
無理に別れようとした自分が馬鹿馬鹿しい。
もう別れたいなんて考えないで、ずっと傍にいさせてもらおう。
それだけで私は幸せになれるのだ。