とりあえずハルの家の前で立ち話をするのも変なので、私達は近くの展望台へと向かった。
眼前に広がる綺麗な青の海を全体的に見渡す。潮風が肌を滑っていく。展望台なんて滅多にこないから、久しぶりにそこから見る風景に、また子供の頃を思い出す。
ここでも色んな事があった。
私の家のペットが死んでしまった時、ハルやマコ、そして凛君に慰めてもらった。
ハルは私が悲しまないようにとペットの絵を描いてくれた。マコは必死に励ましてくれた。凛君は不器用ながら頭を撫でてくれた。小さい頃だからと言って、今も忘れる事のできない大切な思い出の一つ。
そんな思い出に浸っていると、どうやらコウちゃんと渚君のコンビが座って話し始めていたようだ。
「へー、江ちゃんも岩鳶高校に入ってたんだね」
「江って呼ばないで!コウって呼ばれてるんだから!」
「えー? 何でー? 戦国武将浅井長政の三女と同じ名前の江でしょ?」
「そうだけど……普通に読めばコウなんだからさ、そこは素直にコウって呼ぼうよ!それが優しさってもんじゃないの〜?」
『でも、江なんてカッコイイ名前だよね』
「うぅ、名前ちゃん有難う。ただ、素直に喜んでいいのかどうか…。」
コウちゃんは微妙な顔つきだ。
まだ、渚くんの自分の名前の呼び方に文句を言っているコウちゃん。渚君はその呼び方を辞めるつもりはないらしい。確かに女の子で‘ゴウ’はちょっとね…。でも、私は力強くて素敵な名前だと思うな。…っと、このままではずっと名前の事で揉めそうだからそろそろ話題を変えないと。
「でも、何しにハルの家に?」
マコがちょうどいいタイミングで核心をつくようにストレートに聞いた。そしてコウちゃんの視線は泳ぎだす。
『もしかして聞いたらマズイことだった?』
「ううん!えっと、その、……お兄ちゃんの事とか、……聞きに?」
「凛……、やっぱりオーストラリアから帰ってるの?」
マコの問いかけに静かに頷いた。
そっか、凛君はこっちに戻ってきてるんだ…。これは先日見た彼がドッペルゲンガーでもそっくりさんでもないことを示す有力な情報だ。
もちろん帰ってきてくれて嬉しい。早く会いたかったのも事実だ。
だけど今の凛君は凛君ではない気がする。凛君であって、凛君ではない…。自分で思っておいて曖昧な表現だ。
「先月帰国して、この春から鮫柄学園に。あそこ全寮制だからうちには帰ってきてないですけど……」
「鮫柄って……あの水泳強豪校!?」
鮫柄学園の事は従兄弟が通っているので何と無くは分かる。
まさか、あの全国クラスの水泳強豪校に行くなんて…。さすがオーストラリアに留学しに行った人は違う。
その後もいろいろコウちゃんから話を聞いた。そして、コウちゃんの家には門限なんて規則はないけど、遅くなって心配させたくないと言って家に帰ってしまった。さすがお母さん想いな良い子だ。凛君の家は、彼が幼いときに彼のお父さんが海難事故で亡くなってしまってからは、シングルマザーとしてお母さんが家を支えていた。
さて、…今私と同じ事を考えている人はいないだろうか。
「ねぇ、鮫柄の偵察に行ってみない?」
『渚君、ナイスアイディアだよ…』
私達は怪しい企みの顔でお互い見合った。マコは一つ小さくため息をついた。否定しないという事は賛成だと言うことだろう。なんだかんだ、マコも危ない橋を渡る人だ。付き合わせているのは紛れもない私なのだが。
さて、後はハルの許可を得るだけなんだけど、多分返事は…
「嫌だ」
予想通りです。ハルが喜んで行きたがると思えない。面倒くさいことを自らやろうとしないハルの返答なら粗方予想がついていた。
「行こうよ、鮫柄学園!」
「凛に会いたくないの?」
「昨日会ったろ」
全く興味を示さないハルには最終兵器がある。私はマコと目を見合わせてから、アイコンタクトを取る。そしてマコは、準備が整ったので息を吸った。
「行けば今度こそ泳げるかもって思ったんだけど。鮫柄って確か屋内プールあるハズだし」
これでハルの気を惹くには十分なはず。と思ってハルを見ると目は光を帯びてキラキラ輝いていく。水関連の事にはめっぽう弱いハルに対しての策略だ。
ただ問題は、その言葉通りに本当に泳げるかどうかだ。はっきりいってこれはハッタリに近い。ただ、期待の心を持っているハルに嘘はなるべくつきたくなかった。この際泳げなかったら、どこか別のところを借りるしかないかな。
『それじゃあ家の人に遅くなるって連絡してくるね』
「いってらっしゃい」
私は携帯を片手にその場から立って、ちょっと離れたところに来た。
ここなら電話の声が聞こえるだろう。
こういう時はいつも母親に連絡する。三回のコールで母親が出た。
『もしもし、お母さん。今日はちょっと遅くなるね』
「今、誰と一緒なの?」
『ハルとマコと渚君だよ。』
「そう、なるべく早く帰ってきなさいよ〜」
お母さんはマコやハルを信頼しているから、二つ返事で了承した。
『はい〜』
内容の薄い、短い電話を終えると再びみんなのいるところに向かった。
そして結局4人で凛君がいるという鮫柄学園に向かう事になった。