いつまでも騒いでいられないので、人気のない場所を探して、みんなで移動する。何故かコウちゃんは私達が鮫柄学園に侵入した事を知っているようだった。どこから聞いたのか分からないが、さすが情報が早い。
「それで……お兄ちゃんとは会えました?」
『うん、一応』
「それがさぁ、聞いてよ!凛ちゃんてば酷いんだよ!
四年ぶりだったんだよ?なのに、いきなりハルちゃんに向かって『勝負ー!』とか言ってさぁ〜、僕達の事なんか完全にスルーだよぉ……。
積もる話とか全然ナシ!!」
懸命に説明する渚君の言っている事は全て真実だ。知らぬ間に変わってしまった凛君は、ハル以外の残された私達なんて目もくれずに勝負を挑んでいた。寂しいなぁ。本当に忘れちゃったのかな。
「江ちゃんは、凛から何も聞いてないの?」
マコが訊ねると、江ちゃんはむなしそうに首を横に振った。
「メールも携帯も返信ないし……寮に電話しても出てくれないし……」
最愛の妹であるコウちゃんの事も無視しているって?小さい頃はあんなに可愛がって仲良し兄弟だったのに。やっぱりなんかあったんじゃないのかな。あの凛君があぁなるくらいの大きな出来事。
「凛ちゃん何であんなに変わっちゃったんだろう……。オーストラリアで何かあったの?」
『コウちゃんは凛君がオーストラリアで何があったとか知ってる?』
それは私が今一番聞きたいことだった。多分みんなも聞きたかったことだろう。
「……わからないんです。でも、皆さんと再会すれば何かわかるかな、って思って」
「ひょっとして、スイミングクラブに凛が現れたのは江ちゃんの仕業?」
「えっ……。し、仕業っていうか、悪気はなかったんですけど……たまたま聞いちゃったから、メールで教えてあげた、だけ?でも、反応がなくて」
なんだそういうことか。凛君はちゃっかりそのメールは見てるんだ。なんてひどいお兄ちゃんだ。
良く考えればみんなでスイミングクラブに行こうって話をした時に江ちゃん、確かに屋上にいた気がする。確信ではないが。じゃなきゃあのタイミングで凛君が来る筈ないもんね。
運命かもしれないなんて少しでも考えていた私が馬鹿みたいだ。
「それで昨日ハルの家に来てたのか」
「はい……何か聞けるかと思って」
まったく兄思いの妹だ。妹がこんなに心配しているというのに凛君は何をしているんだ。
『ハルも凛君に何があったのか知らないんじゃないかなぁ?』
「そうだ、いいコト思いついた!!水泳部創ろうよ!!」
渚君の言葉に思考が停止する。水泳部を、作るって?
私が待ち望んでいた言葉。それはずっと心の突っ掛かりだった。
"水泳部"
「は?」
「そしたら試合で、凛ちゃんに会えると思わない?」
「や……でもハルが何て言うか……」
私だってマコだって渚君だって、ハルの気持ちを優先したいと思ってる。
競泳を辞めたハルにとって、この提案はどうなるか分からないけど、私はまた始めて欲しいと思ってしまう。こんなのはただの私のわがままなのだが。
聞くだけ聞いてみよう。
***
「別に……、好きにしろよ」
「え?」
「ほんとぉ〜? やったぁ!!」
みんなでハルの家に押しかけて、水に浸かっていたハルに提案すると、案外あっさり設立されそうになる岩鳶高校水泳部。まさかハルが"好きにしろ"って言うだなんて。ちょっと私でも予想外。てっきり、めんどくさいとか言うのかと思った。
一方、ハルが水に浸かっている姿を見て、コウちゃんが慌てて顔を手で覆う。水着は着ているものの裸同然のハルの姿は新鮮すぎて見るのが恥ずかしいのだろう。ピュアで純情なコウちゃんも可愛い…。
風呂から上がったハルの服装は水着のまま。
少しは女の子の前で、水着でいることの恥じらいをもって欲しい。私は慣れたからいいけど。
『ハル、私はいいんだけどね。コウちゃんが、その恥ずかしがってるから服を着てくれないかな?」
「………分かった」
素直に返事をしてくれたので助かる。ハルはお風呂から上がって、無言で椅子に座ったので、いつもと同じように髪を拭いてあげる。
肝心のコウちゃんは小声で上腕三頭筋なんて言いだしたんだけど、気にしたら負けだと思う。多分それは筋肉の部位じゃない、と思いたい。
それでも、依然としてコウちゃんがぼそぼそ呟いている。顔を覆っている指の隙間から、ハルの方をチラリと見ている。
「な、なんてステキな上腕三頭筋……!!」
言葉として聞こえてきた単語には、先ほどにも聞いた筋肉の部位らしき名前が。
ほう、わかったぞ。コウちゃんはハルの裸を見るのが恥ずかしかったんじゃなくて、見惚れてたんだな!普段から見慣れているハルの筋肉だけど、よくよくみるとゴツゴツしていて魅力的かもしれない。
「……おい」
ハルの筋肉を凝視して髪を拭く手を止めてしまっていた私を不自然に思ったのか、下から見上げられていた。キラキラと青い瞳が私を映す。
『えっ、あ!ごめん』
「別に」
なんだかんだ言って、ハルは私に髪を拭かれるのが好きなんじゃないか…!?なんて少し嬉しく思いながら、彼の髪を再び乾かし始める私であった。